隣にいる者1

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「こんにちは」
「いらっしゃい。
ヒトミちゃんは奥で一人で打っているわよ」

アキラがやってきて、
市川が笑顔でヒトミのことを告げる

「え?一人?」
「休憩中よ。ずーっとお客さんの相手をしていたんだから」
「打っていたら休憩にならないと思うけど……」
「あの子の休憩は一人で碁を打つことなのよ」

アキラくんに負けず劣らず囲碁が大好きよねと
呆れたように言う市川に苦笑いをしてから、
ヒトミのもとへやってきたアキラ。
ヒトミが並べていたのは昨日行洋と打った内容だった

『佐為も塔矢さんと打ちたい?』
『はい!』
『何か方法を考えないとね』
『お願いします!』
『佐為も考えてよ』
『あ、えーっと、うーん……』

頭をひねりながら考えている佐為が面白くて
頬が緩んだヒトミ

『あ、そうだ!』
『思いついたの?』
『はい!』
『何?』
『いんたーねっとです!』
『……何かいい案はないかなー』
『ヒトミー!何故無視をするのですか!』

佐為が言ったことを華麗に無視をして、
新たな案を考えようとするヒトミに怒る佐為

『塔矢さんがネット碁なんてするわけないでしょ』
『前はしましたよ!』
『あれは、入院をしていて、
普通に碁が打てなかったから、仕方なくでしょ。
碁石を持って打てるのに、
わざわざネット碁なんてする必要がないの』
『ですが!ネット碁にしか現れない
すごく強い人がいるとか言って』
『塔矢さんだよ?
私の前に現れたら打とうとか言うでしょ』
『……どうしましょう!』
「はぁー」
「あはは!」
「え?」
『塔矢?』

ヒトミがため息をついた後に聞こえた笑い声に、
ヒトミと佐為が前を向くと、
腹を抱えて笑っているアキラがいた。
ヒトミも佐為も何がおかしいんだろう?
と顔を見合わせる

「ヒトミちゃんっどうしたの?
……ふっ、ずっと一人で百面相してたよ」

笑いを堪えながらアキラに言われたことに、
ヒトミは見られてたんだと、恥ずかしくなる

「ちょっと思い出し笑い?」
「笑ったり、考えたり、呆れたり。
いったい何を思い出したらそんな沢山の表情になるの?」
「気にしないで」
「そうしとくよ」

あまり深く聞かれなかったことに安堵したヒトミは
アキラが前に座ったことに気付く

「昨日、お父さんと打ったのを並べていたの?」
「そう。やっぱ塔矢さんって凄いなーって思ってね」
「ボクもお父さんのことは尊敬している。
ライバルとして認めてもらえるようにならないと」
「塔矢はさ、今年のプロ試験は受けるの?」
「……受けないと思う」
「実力はあるのに、もったいない」
「ヒトミちゃんは、受けるの?」
「私は来年。今の私には厳しいよ」
「ボクはそう思わない!」
「……ありがとう」

随分と力説してくれたアキラを見て、
ヒトミは嬉しくなった

「確かにヒトミちゃんの実力は
院生上位レベル。だけど、何が違うんだ」
「え?」
「ボクにもよくわからないけど、
キミが負けるところを想像できない」
「……」

確かにヒトミが本気で打てば
プロ試験は全勝合格だ。
しかし、本気を見せていないはずなのに、
なんとなくそう感じてしまっているアキラに驚かされる

「よくわからないね」
「……うん、よくわかんない」
「気にしなくていいよ。気のせいだと思うから」
「そうするよ」
「じゃあ、対局しようか」
「私、今休憩時間」
「いいだろ?」
「……いいです。やりましょう」

得意気に笑うアキラを断れない自分が悔しい。
元から断るつもりはなかったが、
断られることなど考えていないアキラには感服する。
結局ヒトミの中押し負けでアキラとの対局は終わり、
事前に打つ約束をしていたお客さんと少し打った後、
碁会所が閉まる時間までずーっとアキラと打ったのだった





2014/9/7


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