隣にいる者1

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今日は囲碁サロンへ来た。
夏休み中はよく囲碁サロンに顔を出すのだが、
なかなか行洋に合うことができず、
今日こそは院生試験の
申し込みのときの礼を言いたかった

「こんにちは」
「あら、ヒトミちゃんいらっしゃい。
今日は来ているわよ」
「本当ですか!?」

市川の言葉に勢いよく奥へと入っていく。
奥で目にしたのは
指導碁をしている行洋だった。
今日アキラはいない

「塔矢さん」
「ヒトミちゃん。元気そうだね」
「はい。あの、この前の院生試験の
申し込みのときはありがとうございました」
「何故院生試験を受けようと思った?
キミは院生にならなくとも
今の時点でプロになる実力はある」
「知りたかったんです。
私と同じようにプロを目指している子供たちを
それにまだプロになるのは早いです」
「……そうか。頑張りなさい」
「はい!」
「ヒトミちゃーん。私と打ってくれないか?」
「広瀬さん?わかりました。今行きます」

広瀬呼ばれ、走って離れて行った背中を
行洋は温かい目で見ていた。
まるで自分の子供を見守っているかのような目だ。

ヒトミと会ってから4ヶ月弱。
あまり会う機会はないが、
こうしてたまに会って話しをしたり
碁を打つたびに本当の子供のように
可愛がるようになったことに行洋自身も驚いている。

ヒトミには人を引き付ける魅力があると言っていた
自分の門下生である緒方の言葉を思い出し、
その通りだと改めて思った。

「ヒトミちゃん、相変わらず凄い人気なんですよ」
「そうみたいだね」

あっという間にお客さんに
囲まれてしまったヒトミを見ながら
市川に言葉を返す

「嬉しそうですね」
「ああ。思ったよりうまくやっているなと思ってな。
あの歳で親元を離れて一人暮らしをしている。
色々大変なことや寂しいこともあると思うが、
それを感じさせない」
「そうですね。大人っぽいから
たまに忘れてしまいますけど、
まだ12歳なんですよね」

行洋と市川が見守るヒトミは楽しそうに
沢山の人に囲まれ、話をしながら碁を打っていた

「私はたまにしか会うことができない。
これからもヒトミちゃんを頼みます」
「はい!任せてください」
「さて、私も打ってもらうとするか」

袖に手を入れながら行洋は
ヒトミのもとへやってきた

「ヒトミちゃん。私と打ってくれないかな?」
「……勿論です!」

行洋から対局の申し込みが来るなど、
願ってもみないことだ。
ほんとはあまりプロと打つのは実力が
バレてしまう可能性が高いので避けたいが
行洋の誘いを断るのは難しい。
ヒトミは少し間をあけてから頷き、向い側の席を勧めた

「今日はどうするかね?」
「3子でおねがいします」
「わかった」

行洋がニギリ、ヒトミが白、行洋が黒に決まった。
高ぶる気持ちを抑え、
恐怖になど負けずまっすぐ相手を見る

「お願いします」
「お願いします」




































「負けました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました
ふう、楽しかったです」
「また少し力をつけたようだな」
「え?」
『前より強く打っちゃった?』
『少しだけですよ』
「これからまだまだ成長するようだな」
「少しずつ塔矢さんに追い付いて行きますから」
「だが、黙って立ち止まって
キミが私に追い付くのを待つわけにはいかない。
私はまだ先に先に進む。追いついてみなさい」
「はい!!」





2015/2/21



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