隣にいる者1

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ここは囲碁サロン。
saiとakiraの対局の次の日、
ヒトミはアキラと会うのを覚悟で囲碁サロンに来ていた。

しかし、アキラはまだいなかったので
今はおじさんたちに指導碁を打っている。

「ねえ、ヒトミちゃん」
「どうしたの?市川さん」
「今度一緒に買い物に行かない?」
「買い物?いいけど、急にどうしたの?」
「言い方悪いかもしれないけど、
もっと女の子らしい恰好をしなさい!」
「ええ!?」
「せっかく可愛いんだから、
碁ばっかり打っていないで、
お洒落をして遊びに行くわよ!」
「お洒落って言われても、そんな服ないよ」
「だから、服を買いに行くのよ!
こんなおっさんたちばっかりいるところにいないで、
二人で出掛けて、女の子のお話しましょう!」

市川の勢いに押されたヒトミは頷くしかなかったが、
了承したことをだんだん後悔をしてきた

「市川さん随分なこと言うね」
「みなさんもたまには
ヒトミちゃんの可愛い姿みたいでしょ?」
「確かに言われてみれば……
ヒトミちゃんって、スカート履かないよね」
「制服はスカートだよ」
「ミニスカでも履きなさい!
今しかそんな足を出せるときなんてないんだからね!」
「はいはい」
「はぁ、全く取り敢えず買い物には付き合ってね」
「付き合うに変わってる……」

受付に戻ってしまった市川に
ヒトミの呟きは全く届かず、
前にいるおじさんに笑われてしまった。

しかし市川に言われて
確かに自分はお洒落なんてしていなかったと思う。

でも学校に行くか、碁会所に行くか、
食材を買いに行く時くらいしか外に出ないヒトミには
お洒落なんて必要がなかったのだ。

(たまには、ショッピングもいいかな)

そんなことを考えながら指導碁の続きを
打っているとアキラがやってきた

「アキラくん!ね、どうだった!?昨日」
「え?」
「え、じゃないわよ。プロ試験!」
「あ!」
「初戦もちろん勝ったわよね!ね!?」
「……行かなかった」

困ったように笑いながら言うことは
とんでもないことで、市川は驚いた

「どーしても手合わせしたい人がいてさ。
そっち優先しちゃった」
「ゆ…優先?」
「市川さん心配しないで。大丈夫。
明日の2戦目はちゃんと行くよ」
「そ、そう」
「それより、今日はヒトミ来てる?」
「ああ、来てるわよ。ヒトミちゃーん」
「はーい!」

市川に呼ばれ、ちょうど指導碁が終わって
話していたおじさんに
断りを入れてから立ち上がった。

そしてまたさっきの続きの話でもされるのかと思い
身構えながら行くと、アキラがいて立ち止まった

「塔矢。昨日はお疲れ様。いい碁だったよ」
「そっか、ヒトミはボクがsaiと打つ約束を
していたのを知っていたんだっけ」

目を丸くしていたアキラの後ろの扉が開き、
広瀬が入ってきた。

アキラが目の前にいたので、
プロ試験はどうだったと聞くが、
アキラは困ってしまい答えられず、
市川が話の流れを変えてくれた

「じゃあ、ヒトミ一緒に検討してくれないかな?」
「うん。いいよ」

一緒に奥に行こうとしたところ、
広瀬がアキラを呼びとめた

「ここに来る途中あの子を見ましたよ。
前にアキラ先生に勝った――えーと」
「進藤?」
「私はあまり詳しくないんですけどホラ、
パソコンがたくさん置いてあって、
インターネットとかできるお店ってあるでしょ」

その言葉にアキラは反応し、広瀬にその場所を聞き、
ヒトミの腕を掴んでアキラは走り出した。

「ちょっと、塔矢!?」

駅まで全速力で走り、電車に乗り込む

「いったいどうしたのよ。
進藤に会ってどうするの?」
「キミはボクとsaiの対局を見てどう思った?」
「どうって言われても、あれは進藤じゃないでしょ?」
「ボクもそう思うんだ。
でも、一瞬だけ進藤が見えたんだ」
「でも進藤はlightっていう名前でネット碁をやっているよ」
「それは本当か!?」
「あ、うん」

凄い勢いで肩を掴まれ、顔が引きつってしまった。
ちょうどその時目的の駅に着いたので、
またアキラに手を引っ張られながら走りだすことになった。

ネットカフェに着き、中に飛び込み
ヒカルに一直線に向かっていったアキラは
ヒカルの肩を掴み、パソコンの画面を覗きこんだ

「と、塔矢。それに南条も」
「はあー最近走ってばかりだよ!」

緩んだアキラの腕から抜け出し、
ヒトミもパソコンの画面を覗きこむとそこには
相手から投了の合図が出された画面があった

「これは?」
「インターネット囲碁だよ!なんだよいきなり!」
「light……」

騒がしかったのか、ヒトミたちに視線が集中しており、
三谷の姉がやってきた。

三谷の姉はここのインターネットカフェで
バイトをしているのだ

「友達?」
「うん、友達……かなァ。
ゴメン、ちょっと外出てくる。南条も来い」
「はいはい」

アキラの背中を押して
外へ出て行くヒカルの後をヒトミは追いかけた

「まったく、もう。今日はどうしたんだ?
南条まで連れてきて」
「saiを知っているか?」
「ああ知ってるぜ?最近よくいるやつだろ?
お前それがオレだと思ったのか?」
「だが、囲碁部の大将として戦ったキミは強かったが、
saiのようには強くなかった」
「ああ、あれな。あれはわざと弱く打ったんだよ」
「バカな!理由がない。
まさかそれほどまでキミは
ボクと打ちたくないのか!?」
「何でそっちにいくんだ!?」
「キミはことごとくボクとの対局から
逃げるじゃないか!ヒトミもそうだ!」
「わぁ!またとばっちりがきた!」
「何だよ、お前まで避けてるのか?」
「やっぱり意図して避けていたんだな!進藤!」
「うわ、やべっ!」

慌てて口を抑えたが、既に遅し。
アキラは手を握りしめ俯いて肩を震わせている。
ヒトミとヒカルは完全に怒らせてしまったのかと
不安になり顔を見合わせてから、アキラに声をかける

「塔矢、別に私たちは
あなたと打ちたくないわけじゃないんだよ」
「そうだぜ、本当は打ちたいんだけど」
「なら打とう!」

勢いよく顔を上げたアキラの瞳からは涙が溢れた。
流石に泣かれてしまうとは思わず、
ヒトミもヒカルも慌てる。
涙を流しながら二人と
打ちたいと言うアキラの表情は、
ヒトミを苦しめる

「進藤」
「南条」

お互いにどうするんだと困ったように見るが、
アキラの瞳からは次々と涙が溢れてくる

「ごめん。今は理由が言えないの。
でも塔矢と打ちたくないわけじゃない。
だから泣かないでよ」

ヒトミは涙を見ているのが辛くて、
アキラを抱きしめた。
自分は卑怯だなと内心自分に怒りを覚えながらも、
背中を何回もあやすように叩く

「いつか……っ理由を教えてくれるか?」
「うん。絶対に教える。だから今は本当にごめんね」
「分かった。……進藤も同じなのか?」
「オレは、お前と打ってもいいのかな?」
「進藤?」

ヒトミはアキラを離し、
進藤の方を振り向くが
俯いていて表情がわからなかった。

「オレがやろうとしていることは、
お前がこんなに打ちたいと言ってくれているのを
避けてでもやっていいことなのか?」
「進藤。ゆっくり考えたら?」
「ああ。ボクはキミが納得する答えを出すまで待つよ」
「お前ら……」
「進藤まで泣かないでよー」
「泣かねえよ!ってなにすんだよ」

ヒトミが乱暴にまだ自分より低い位置にある
ヒカルの頭を撫でまわすと、
ヒカルは止めろと暴れ出した。

『ヒカル。私は、私のせいであなたが苦しむのはイヤです。
もし一人で決めることができないのなら、
あなたの周りにいる沢山の友達を頼ってもいいんですよ』
「そうだな」
「何か言ったか?進藤」
「いや、なんでもねえよ」

いつも通りの笑顔に戻った進藤にヒトミも
アキラも安心して笑ったのだった





2015/02/24



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