隣にいる者1

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「塔矢さん。
本当にありがとうございます」
「気にする必要はない。
キミがやりたいことを私は応援しているだけだからな」
「頑張ります」

今日は院生試験の日。

やはり親が来れないので、
行洋が付き添うことになった。

こうして行洋と二人きりで歩くのは初めてなので、
なんか変な感じがするなー
なんて気が抜けたことを考えていたら棋院に着いた。
中に入り、受付まで行く

「これは塔矢先生。こんにちは」
「ああ、こんにちは」
「えっと、南条さんだね。今から案内するよ」

案内の人と共にエレベーターを上がり6階で降りた

「ここで靴を脱いで下さい」

指示どおりに靴を脱ぎ、一段上に上がる。
院生たちが打っているのが見え、
早くあの中に入りたいなという気持ちになり、力を入れる。

「もう少し力をつけてからおいで」
「ヒック……ううっ」

ちょうどヒトミの前の子が
終わったようで、出てきた。

その子はまだ小学生くらいの男の子で、
涙を流していた。
そんな子を見てさっきの意気込みは
どこにいったのか、ヒトミの表情が強張った

「お、南条!」
「え?和谷!」
「とうとう来たな。ってどうした?」
「あの子を見たら、ちょっと怖くなって」

泣いていて動こうとしない子を見ながら言うと、
和谷は呆れたような顔をして
乱暴にヒトミの頭を撫でまわした

「お前そんな心配する必要ないだろ。
お前が落ちたら、ここにいる院生は大体落ちるさ」
「それもそうか」
「おーい、納得するのか!」
「ふふっ、ありがとう緊張がほぐれたよ」
「よし、思いっきり行って来い」
「うん!」

和谷にバンっと背中を叩かれて気合いが入った。

「彼は?」
「友達です。」
「もう院生に友達がいるのか」
「前に院生試験の申し込みをした日に
塔矢さんと私が話しているのが気になったらしく、
話しかけられたんです」
「そうか」
「塔矢先生、南条さん。
すみませんがもう少し待って下さいますか?
前の子が試験室に戻って、
碁盤の前に座って動こうとしないんです」
「私が行こう」

行洋はそう言い、試験室に入って行き、
動こうとしない男と何かを話している。
男の子は塔矢名人と会え、
激励をもらえたのが嬉しかったのか、笑顔で帰っていた。

「では南条さんどうぞ」
「あ、はい」

手前側には先生が座っており、
奥側に座れと言われ、
失礼しますと言ってヒトミは座った。

行洋はヒトミと先生の間。
碁盤がよく見える位置に座った

(げー、塔矢さん見るの?)

「志願書と棋譜を見せてください」

角二封筒に入れていた
志願書と棋譜を取り出し、先生に渡す

「先生、試験ってどのくらい時間がかかるんですか?」
「小一時間はかかるよ。どうしてだい?」
「塔矢さん。見ててもつまらないと思うし、
一階の喫茶店でお茶でも飲んで
ゆっくりしていたらどうですか?」
「つまらないということはないよ」
「塔矢さんにまで見られていると、
プロの人二人に審査されているみたいで
緊張するんですよ!」
「確かにそうだな。では終わるまで
外で待っている。先生お願いします」
「はい、わかりました」

行洋が出て行った瞬間、先ほどまでの
張りつめていた空気がなくなったため
一気に肩の力が抜けた

「ふう、じゃあ先生お願いします」
「はい。お願いします。
えっと、まず棋譜だけど相手の子たちは誰かな?」
「三人とも囲碁部の人です。」
「これは岸本くんではないか」
「岸本先輩と知り合いなんですか?」
「岸本くんは元院生だよ」
「そうだったんですか」

今回ヒトミが用意した棋譜は友達と
日高と岸本と打った時の棋譜だ。

「なるほど。じゃあ打とうか。置き石は二つ置いてね」
「はい」
「じゃあお願いします」
「お願いします」

(二子か、取り敢えず
印象に残る打ち方をしようかな)































「よし、このくらいにしよう」
「はい。ありがとうございました」
「来月から来なさい。合格だよ」
「ありがとうございます」
「では、一端外に出て、
来月から打つ場所の説明をするよ」
「はい」

先生を先頭に試験室から出ると行洋が待っていた。
笑顔で行洋に駆け寄り
合格したことを告げると、頭を撫でられた

「塔矢先生どうしますか?
今から説明をするのですが、
あなたが一緒だと院生も騒がしくなる可能性もあります」
「そうですね。ではここにいます」
「わかりました。南条さんこっちだよ」
「はい」

先生について行った部屋には
たくさんの院生がいたが、
もう対局は終わっているみたいで
検討したり話したり自由だった

「ここが研修部屋だよ。
院生研究は毎週日曜と第二土曜の月に5回。
クラスは1組と2組がある。
まずは2組からスタートして、
それから1組に上がることができるんだよ。
見学していくかい?」
「はい」
「私はまだ、次の試験の子がいるので
失礼するよ。来月からよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」

先生に頭を下げた後、
ヒトミは和谷たちがいる碁盤のところに来た。
検討している内容は先ほど打っていたものだろう

「ここにこう打ったら?」
「これじゃ悪いだろ」
「そこはヒキにすればいいんじゃない?」
「あ、そうか!って南条!」
「さっきぶり。あと伊角さん、私院生になったよ!」
「おめでとう」
「和谷くん、伊角さんも知り合いなの?」
「ああ。南条ヒトミ。
オレの一個下で、こいつが院生試験の申し込みに来てる時に
たまたま見かけて話しかけたんだよ」
「オレは和谷からの紹介で
二ヶ月くらい前に初めて会った」
「へーそうなんだ。ボクは福井雄太。
南条ちゃんの二つ下だよ」
「これからよろしくね。
とりあえず今日は和谷と伊角さんに
合格したことを伝えたかったんだ。
ちょっと人を待たせてるから帰らないと」
「そうだよ、塔矢名人待たせんなよな」
「うん。じゃあ来月ね」

三人に手を振って大部屋から出て行ったあと、
塔矢名人を待たせてるってどういうことだ!
と二人に問いただされる和谷がいたのだった。





2015/02/27



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