隣にいる者2

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『ねぇ、佐為』
『何ですか?』

数学の授業中。
ヒトミはずっと考えていたことを佐為に聞くことにした

『進藤が私に聞いてほしいのは
佐為のことだよね?』
『はい、おそらく』
『何で私に言おうとしたんだろう』
『私にもわかりません』
『会った回数は片手で数えられるくらい。
そんな少ないのに何で?
何で私なんかに言おうとしたの?』

ヒトミとヒカルが会って話したのは
定期を拾ってもらったときに1回
三谷が行っていた碁会所で1回、
海王中での囲碁大会で1回、
ネットカフェで1回、葉瀬中で1回の計5回だけ。

ヒカルがヒトミのことを
よく知っているというわけでもないのに、
とても大事なことを
言おうとする理由が分からなかった

『少ない……もしかすると、
ヒトミを知らないからかもしれません』
『私を知らないから?』
『はい。私とヒカルが共にいたときは、
南条ヒトミという存在はなかった。
いきなり自分の前に現れたヒトミが
何か関係していると
思っているのではないですか?』
『……今日進藤のところに行こう』
『……そうですね。仕方ないです』

あのときはテンパっていたため断ってしまったが
聞くだけなら問題ない。
佐為のことを進藤に言うことも問題ない。
自分が時を遡って来たことは言わない。
そう自分の中で決めて、
ヒカルのところに行くことにした





































放課後、すぐに帰ろうとしていたヒトミを
アキラが校門のところで呼びとめた

「ヒトミ、一緒に帰ろう」
「え?」
「囲碁サロンに行かないとしても
途中まで方向は同じだろ?」
「そうだけど……今日は」
「どこか寄るところが?」
「うん」
「前から気になっていたんだ。
いったいキミはどうやって碁の勉強をしているんだ?」
「家で打ってる」
「強くなるには強い人に打ってもらった方がいい。
お父さんの研究会に参加しないか?」
「……ごめん」
「キミはプロになるんじゃないのか!?」
「なるよ」
「今のキミ実力でプロになったとしてもその先には進めない!」
「今の私の実力?なんでアンタが私の実力を知ってるのよ」
「……っ」

初めてヒトミから向けられた冷たい目に
アキラは言葉を詰まらせる。
何故自分にこんな目を
向けて来るのかと疑問に思ったが、
そんなことより冷たい目が
自分に向けられることに耐えられなかった。

そのため謝ろうとしたが、アキラの言葉は
別の声にかき消されてしまった

「南条!」
「進藤……」
「南条、オレ!やっぱり聞いてほしい!
聞くだけでいいからさ!」
「進藤、行こう」
「え?あ、ああ」
「ヒトミ!待ってくれ!ボクはただ!」

アキラの声を無視して
ヒトミは早歩きでその場から離れる。
その後ろをヒカルは慌ててついてきた

「私も聞いてほしいことがある。私の家でいい?」
「ああ」

ヒトミとアキラの間に
何が合ったのか気になったヒカルだが、
この後のことで頭がいっぱいで、
アキラのことを気にしている余裕などなかった。

互いに無言でヒトミの家に向い、
ヒカルを家に入れたヒトミは
飲み物を用意してから座った

「サンキュー」
「……早速聞いていい?」
「ああ。えっと、どっから言ったらいんだ?」

ヒカルはどの言葉がいいのか
選びながらゆっくりとヒトミに説明をした。

自分は本当は15歳だった。
小学6年生のときに幽霊の佐為と出会い、
碁を教わっていたが、
途中から打たせなくなってしまって消えてしまった。
そして北斗杯という国際戦が終わった後
気が付いたら佐為と出会った祖父の蔵にいて、
小学6年生に戻っていた。

もしかしたらまた佐為と出会えると思ったら、
蔵にある碁盤には佐為がいなかった。

「だからオレは佐為の碁を
広めようとしていたんだけど、
うまくいかなくてさ。
前と同じように進んでないこともあるけど
だいたい同じだから、
オレが知ってる佐為の碁を全て打ってから、
オレの碁を打とうと思っていた。
だけど塔矢にあんなこと言われた……
アイツはオレのライバルだから、戦いたいたい!」
「進藤……」
「悪い、何言っているかわからねえだろ」

自分を嘲笑うかのように言うヒカルに
ヒトミは言わなきゃ、言わなきゃと手に力を入れる

「進藤」
「気持ち悪いよな、オレがお前の立場なら
何言ってんだって思うし」
「進藤一局打とうか」
「?……いいけど」

碁盤の前に座り、
急に打とうなんて言ったヒトミを
不思議に思っているヒカルだが、
ヒトミが自分のことを
頭が可笑しいなどと言わなかったので、安心していた。

『佐為、打って』
『わかりました』

ヒトミが黒を持ち、打っていく。
最初は普通に打っていたヒカルだが、
だんだんと打つのが遅くなり、
小さくうそだろ?と呟いた。
そして顔を上げたヒカルの目から涙が溢れた

「佐為、いるのか?」
『はい』
「……進藤、手出して」
「う、うん」

左手で涙を拭っていたので右手を出してきた。
その手をヒトミは両手で包みこみ、
佐為に目配せをした

『ヒカル、聞こえますか?』
「佐為!?」
「やっぱり、私と触れていると
佐為の声が聞こえるんだね。」
「佐為……佐為が見える、佐為の声が聞こえる」
『ヒカル、辛い思いをさせてしまったようですね』
「おまえ、何で直ぐにオレに言わなかったんだよ!」
『ヒトミを責めないでください!
私が言ったのです!』
「佐為が?何でだよ!」
『ヒトミに迷惑がかかるからです』
「佐為?」

そんな理由を聞いたことがなかったので、
不思議に思い佐為を見上げると優しく微笑まれた

『私がヒトミのそばにいることが分かったら、
あなたはヒトミのそばを離れなくなります』
「大丈夫だよ!」
『本当ですか?ヒトミに迷惑をかけませんか?』
「かけない!」
『そうですか、気を付けてくださいね』
「わかった。って、おまえオレがわかるのか?」

ヒカルはここで初めて変なことに気付いた。
佐為がなぜ自分を知っているのかということに

『私はヒカルの元から消えたあと、
時を遡りヒトミに宿ったのです』
「おまえもなのか、どういうことだ?」
『何かすることがあるのでしょう』
「そっか。はー、なんかいっきに気が抜けた!」

そう言って後ろにヒカルは倒れこんだ。
しかし、直ぐに起き上がり
ヒトミを真っ直ぐな目で見る

「おまえが塔矢と打たない理由ってなんだ?」
「……ッ」
「オレが避けていたのはさ、
佐為のことがあったからだけど、おまえは?」
「言いたくない」
「オレ知りたい!オレ、今自分のことを言ったら
すごく気持ちが楽になった。
今度はオレがお前を楽にしたい!」
「帰って!」
「南条!」
「帰って!言いたくないんだよ!」

無理やりヒカルを立たせて、
背中を押して家から追い出した。
バタンと玄関を閉め、鍵をかけるが、
ドア越しからヒカルの声が聞こえ、
ヒトミはその場で耳を塞ぎうずくまった

「南条!オレ待ってるから!
いつでも聞いてやるよ!」

その言葉は嬉しかったが、
ヒトミには自分のことを言う勇気がなかった。
こうして自分に話したヒカルは
強いなと思いながら、
心配そうに見ている佐為に
ぎこちない笑顔を見せたのだった





2015/02/28



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