隣にいる者2

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若獅子戦はヒカルの優勝で幕を閉じた。

塔矢アキラを破ったということで
少し名が知れ渡ったヒカルだったが
特に何かが変わるということはなく、
今日もまた院生研修で勝ち星をあげていた。

一方でヒトミも、ヒカルほどではないが、
順調に勝ち星を稼いでいた。

「あー、疲れた」
「篠原先生に怒られたから?」
「もう、見てたの?」
「勝手に話が聞こえたの」

院生研修が終わり、
奈瀬とそんな話をしながら靴を履いていると
後ろから伊角と和谷もやってきた

「お疲れ」
「なあ、二人とも知ってるか?」
「ん?」
「何を?」
「門脇が今度のプロ試験に出るって」
「門脇?」
「門脇って、何年か前に三冠とった門脇?」
「南条も知ってんだ」
「誰よ、その門脇って」

奈瀬だけが、門脇という人物を知らず、
話に入れていないためヒトミが説明する

「門脇龍彦。いつかは忘れたけど、
学生タイトルをすべて取った実績を持つ天才。
普通に会社員になったかなんかで
最近は名前を全然聞かなかったけど
まさか、いきなりプロ試験に来るなんてね」
「えー、会社員なら仕事してればいいじゃない」
「ははは、なあ和谷。その話マジなのか?」
「ネットで見たんだよ、そういうウワサ」
「ネットか…」
「伊角さん、和谷。早くしないと行っちゃうよ」
「あ、おい待てよ」

奈瀬とエレベータに先に乗り込んでいたヒトミは
開くのボタンを押しながら二人を急かし、
二人が中に入ってきてからボタンから手を放した

「進藤に、門脇か。今回も手強いのがいるな」
「私にとっては伊角くんやヒトミも手強いわよ」
「え、オレは?」
「はーイヤになっちゃう」
「奈瀬、無視すんなよ」
「どんまい和谷。」

ヒトミがちょうどそう言ったとき
エレベーターの扉が開き、4人は降りた。

「オレ達院生ガンバんないとな。
去年院生の合格者真柴だけだぜ。
外来も手強いのくるからさァ」
「門脇要注意だな」
「だねー」

『ヒトミ!』
『ん?』
『あそこ!』

佐為が指した方を見ると
自分の名前が聞こえたことに
冷や汗をかきながらこちらを見ている門脇

しかし、ヒトミと目が合った瞬間
ニヤリと笑い鼻の下を伸ばしたため
反射的に伊角の後ろに隠れてしまった

「南条?」
「どうしたんだよ、
急に伊角さんの後ろなんかに隠れたりして」
「あんた、ほんと鈍感ね。
あのおじさんがヒトミを見て鼻の下伸ばしてるのよ」
「奈瀬に対してもだよ」
「え、うそ。ヤなカンじ」

伊角のかげからそーっと顔を覗かせて門脇を伺ってみると
まだヒトミの方を見ていたためばっちり目が合ってしまい、
そして目が合ったのが嬉しかったのか笑顔になった門脇を見て
またヒトミは伊角の後ろに隠れた

(待て待て、おかしい
漫画やアニメで見たときはあの人に対して
嫌な感情はなかったぞ!?)

「ねえ、キミたち」
「!!」
「……何ですか?」

門脇が近づいてきて話しかけてきたため、
ヒトミは反射的に伊角の服の袖をつかんだ。

最初はその行動に驚いた伊角だったが、
すぐに門脇を睨み
ヒトミをなるべく視界にいれないようにする

「そんなに睨まないでくれよ。
ねえ、キミたち可愛いね。名前なんて言うの?」
「教えるわけないじゃない。」
「固いな。まあそんなことより、
キミたち院生だよね?」
「そうですけど」
「プロ試験受けるの?」
「受けるけど、おじさんだれ?」
「おじ……」

囲碁界では10代でプロになるのがフツーだから
26歳の自分なんてオジさんだ。
と少し悲しいことを思いながら笑顔で話す門脇


「あ、イヤ。少しウデに覚えがあるんだ。
一局打ってくれない?」
「今から?オレたち今まで院生研修で打ってたんだけど」
「外はまだ明るいしいーじゃんか。
ちょっと肩なら…ウデだめしさせてよ」
「えー」

『ね、ねえ佐為。
門脇さんって前は佐為と打ったよね?』
『門脇?あの方が先程和谷たちと
話していた門脇ですか?』
『うん』
『ええ、打ったことありますよ。
前はヒカルが対局を申し込まれて
私に打ってよいと言ってくれましたから』
『だよね。佐為と打ったんだよね?
ということはヒカルに対局を申し込んだんだよね?
何でこんなことになってるの?』
『わかりませんけど、
ここは私が打ったほうがいいのではないでしょうか?』
『だよね、だけど…』

再び伊角の後ろから門脇を伺うと
また目が合ってしまい、微笑まれてしまった。
その瞬間ぞわーっと鳥肌が立ってしまい
彼を前に対局できるはずがないと思った

『無理!』
『では断りましょう』
『でもここで圧倒的な力を見せないと
プロ試験で打つことになる……』

前は門脇は佐為と打って鍛え直そうと思ったので
プロ試験を一年待ったのだ。
だから今回佐為と打たなかったらプロ試験を見送ることはない

ヒトミがどうしよう…と伊角の後ろで考えているときだった

「みんな、何やってんだ?」
「あ、進ど「ヒカルー!!」…う、おいおい」

タイミングよくエレベータからヒカルが降りてきた。
ヒトミはヒカルに走りより
そのまま後ろに隠れて、声を小さくして
他の人に聞こえないように話しかけた。

「ヒカル、門脇さんと対局して」
「は?何でだよ。
今回は佐為がいるおまえのほうがいいだろ」
「バカ言わないで。見でよこの鳥肌」
「うわ、すげー」
「だから頼むよ。前の内容覚えてるでしょ?」
「まあ覚えてるけど」
「ほら、行って!」
「うわ!」
「みんな、行こう!」
「え、ちょっとヒトミ?」
「おい南条」
「進藤はいいのか?」

ヒカルを門脇がいるところへ押し、
ヒトミは奈瀬の手を掴み、
和谷や伊角の言葉には反応せず
そのまま棋院から出て行った。

この後ヒカルは門脇と対局し、前と同じように勝利し
無事に門脇はプロ試験を来年に見送ったのだった。





2015/03/16


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