隣にいる者3

□82
1ページ/1ページ




「ふれあい囲碁まつりに行きたい」

そう香菜に言われ、
急遽一緒に行くことになったヒトミ。

会場には既にたくさんの人がおり、
香菜よりも小さい子どももいた。

「ヒトミさんは本当に打たなくていいの?」
「うん。香菜ちゃんがいろんな人と打ってるところ見たいし」
「そっか、わかった!一生懸命打つからちゃんと見ててね」
「もちろん」

そんなことを話しながら
香菜と始まるまで軽く打っていると、
隣に誰かが来た気配がしたので顔をあげた

するとそこには眼鏡をかけたちょび髭のおじさんがいて
ヒトミと目が合った瞬間、頬を緩める

「ワシが指導碁を打ってあげようか」
「え?」
「桜野さんがいないんだ。
ワシはあんな子供に打ってもらうために
来たんじゃない」
「あんな子ども?」

おじさんが指差したところにいたのはアキラだった。
アキラがここにいることを
完全に忘れていたヒトミは驚き、
アキラもヒトミがこんなところにいることに驚いていた

「先生、そう言わずに打ってもらいましょう」
「キミたちが彼に打ってもらえばいいだろ?
ワシはこの可愛い子を見ながら打ちたいんや!」
「えっと…」
「いいだろ?ワシは都議会議員だが、碁は強い。
指導碁もなかなかのものだよ」
「あのー」

手を握られ、近い位置で話しかけられ、顔が引きつる

これは断ってもいいだろうかという思いで
運営らしき人を横目で見ると
凄い勢いで首を縦に振っていた

「……お願いします」
「おお、そうかそうか。
ワシに打ってもらえるなんてキミも幸せやなア。
ではまた後でということで、冷たいお茶くれ!」
「あ、はい。こちらです」

お茶を飲みに行ったので、やっと離れて行った都議

自然とため息が出てしまったヒトミを見て
慌てて運営が頭を下げて謝った

「大丈夫ですよ。頭を上げてください」
「本当にすみません」
「ヒトミ!」
「大丈夫だって」
「塔矢先生お知り合いなんですか?」
「ええ。彼女は院生ですよ」
「院生!?あの、すみません
手を抜いていただけませんか?
あの都議の方はさほど強くないのですが、
勝たせないと機嫌が悪いので」
「あ、はい。わかりました。」
「ありがとうございます。どうかお願いします」

頭を下げて去って行った運営を見送ってから、
ヒトミは心配そうに見ている香菜に視線をうつした

「ヒトミさん、見ててくれないの?」
「ごめんね、でも一局だけだから
終わったらすぐに見に来るよ」
「……うん」
「大丈夫だよ。いつも通り打てば
香菜ちゃんなら勝てるよ。思いっきり打ちな」
「……わかった」
「ヒトミ、この子は?」

香菜との会話に今までずっと
黙ったいたアキラがここで口をはさんだ

「学校の友達の妹。碁に興味あるらしくて、
今日はここに来たいって言われたから一緒に来たのよ」
「何でわざわざキミが?」
「何でそこまでアキラに言わないといけないの?」
「キミは何なんだ!」
「……声を荒げないほうがいいんじゃない?
みんな見てるよ」
「っ、こっちに来い!」

周りにいる人たちがアキラの大きな声に反応し、
視線が集まってしまったため、
このままここで話すわけにはいかないと
考えたアキラはヒトミの手を握り会場から出た

「会場から出たからって私が話すとは限らないよ」
「あの子とこんなところに遊びに来て、
碁はいったいいつ打つんだ!」
「帰ったら打つよ」
「そんなんでプロになれると思っているのか!」
「ねえ、アキラ。あなたは私を気にしすぎだよ」
「……気にして何が悪い」
「そう。私はアキラに何言われようが
自分のやり方は変えない。そろそろ始まるだろうし、戻ろう」
「……ああ」







































「では始めてください」

都議と運営の挨拶が終わり、
みんなが一斉に対局を始めた。
香菜の相手は香菜と同い年くらいの男の子。

アキラの方には都議の秘書とその後援会の人が行き、
ヒトミの方には都議が来た。

ヒトミはアキラと隣り合って座っているため、
隣から強い視線を感じるが、
それをものともせず、都議に集中した。

「よろしくお願いします」
「あーそんなに緊張しないでいい。
ワシは優しいからな」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「キミ名前は?」
「南条ヒトミと言います」
「ヒトミちゃんか。いい名前やな」
「ありがとうございます」

(いつになったら始めてくれるんだ)

笑顔で都議と話しているヒトミだったが、
心の中でこんなことを
考えているなんて誰にもわかるまい。

「ヒトミちゃんは何歳なんだ?」
「すみません、すでに対局は始まっています。
静かにしていただけませんか?」
「うるさいなァ。
キミ、塔矢名人の息子だからって
いい気になってるんじゃないか?」
「そんなことはありません」
「けっ」
「あの、都議さん」
「ん?なんだ?」

アキラと都議の雰囲気がよくないことに
気付いたヒトミはこれ以上悪い雰囲気にならないように、
早めに二人の間に割って入った

「指導碁ではなく普通に打っていただきたいです」
「なんやて?」
「まだ一年たっていませんが一応私、院生なんです。
都議さんは強いと運営の方にお聞きしたので。だめですか?」
「ヒトミちゃんは院生なのか!すごいなァ。
じゃあ普通に打とうか」
「ありがとうございます。
では、さっそく始めましょう」




































(まさか都議が2子置いて打ってくれるなんてね)

打ちながらそんなことを考えているヒトミ

うまいこと都議にイヤな思いをさせないように
言葉を選んで言ったら、快く石を置いてくれたため、
どうやらこの人は本当に女が好きなようだ

(随分と真剣な表情で打ってるな)

都議との対局中、ちらちらとアキラを
横目で見ながら打っていると
佐為が痺れを切らしたのか、話しかけてきた

『何しているんですか!
対局に集中しなければなりませんよ!』
『ねえ、佐為。アキラさ、
随分と真剣な表情で打ってない?』
『……確かにそうですね。
ただの指導碁でここまで真剣な表情で打つなんて』
『前はね、この4人とも持碁にしたの』
『4人とも持碁ですか。流石塔矢ですね』
『だから今回はどうするのかと思ってね』
『なるほど』
『私には都議の左の人の碁盤までしか見えないからさ。
他の人のも見てアキラが何をしようとしているか教えてよ』
『それを知ってどうするつもりですか?』
『それに乗っかろうと思って』
『まったく、あなたは…』

呆れている佐為であったが、
そんな表情をしながらも
アキラの対局の方を見に行った

(アキラはいいとして、香菜ちゃんは大丈夫かな。
こんな雰囲気で打つのは初めてだろうし、
この対局が終わった後はしっかり見ないと)

別なことを考えながらも、打っていくヒトミ。
ヒトミと都議の棋力はそれほど差があるのだ。

『ヒトミ』
『ん?』
『最初に置かれていた黒石の差は
もうほとんど詰まっています。
おそらく塔矢ならすでに終局までの手は読み切っているでしょう』
『それで、どう打っていくつもりかはわかった?』
『おそらくですが、ヒトミのそばの方から
一目勝ち、二目勝ち、三目勝ちにするつもりでしょう』
『なるほど。なら私が持碁にすればきれいに順番になるわね』
『気付かれたら怒られますよ』
『大丈夫、大丈夫。
私とアキラは打ち合わせなんてしていないんだし』
『あなたは…』
『はいはい、ちょっと静かにしててね。持碁にするんだから』

一瞬で集中モードに切り替えたヒトミには
もう何を言っても佐為の言葉は届かない。

それは佐為が一番よく知っているため、諦めて口を閉じた











































「20…40…72目。や、そっちも72目!持碁か!」
「「!!」」

持碁という言葉にちょうど今
対局が終わったアキラと秘書の若い人が反応したが、
それに気づかないふりをしてヒトミは碁石を片付け始めた

「ん〜〜〜悔しいっあと1目あれば勝てたんじゃないか!
うーん自分でもウマク打ったと思っていたのになァ」
「アレ、先生も終わったんですね。
先生は引き分けですか?」
「キミは?」
「私は1目負けですよ」
「キミたちは?」
「……」
「私は3目負けてしまいました」
「おい、キミは?」
「……2目負けですよ」
「なんだなんだ、皆負けたのか」

自分だけ負けていないことに上機嫌の都議。
アキラのやったことに気付いた
若い秘書だけが冷や汗をかいている

「都議、打っていただきありがとうございました」
「ワシもキミと打ててよかったで。さて、帰るか」

都議を運営の人とアキラと共に見送り、
すぐに香菜のところへ移動した。

そして午後から芦原やアキラとの多面打ちも
すべて自分は打たずに見ていた。

そのことが気にくわなかったのか、
アキラの機嫌は終始よくなく、
芦原がわたわたしていた。





2015/03/23


81へ/目次へ/83へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ