隣にいる者3

□88
1ページ/1ページ




緒方に家まで送ってもらい、
薬のおかげで痛みもなくなったヒトミ。

しかし、2敗したことは大きく、
これから一回も負けられないと
緒方がいなくなった部屋で一人気合いを入れ直した。

そんな日の夜。
一人の男の子が越智の家に向かっていた。
彼の名は塔矢アキラ。

越智はプロを家に呼んで指導碁を打ってもらっている。
今回越智が指名してきたプロはアキラだったのだ。

本当はアキラは断るつもりだったのだが、
指導碁をする相手が今プロ試験中の院生だと言うことで
喜んで引き受けたのだ。

しかし、前回とは違いアキラが越智の家に行く日が早い。
やはり何かが変わり始めているのか。

そんなことを知るはずのないアキラは
越智の家へ向かう電車の中でヒカルたちのことを考えていた

(進藤の強さは6月の若獅子戦で打ったからよくわかっている。
だが、現時点での力を知りたい。
彼なら、このプロ試験の間だけでも成長するだろう。
そしてヒトミ。彼女と最後に打ったのは若獅子戦だが、
あのときはほとんど打っていない。
しっかりと打ったのは去年の4月。
そして、一番最近でヒトミの実力がわかる対局は洪秀英とのやつだ。
彼女の実力ならプロ試験に合格できるだろう。
だが知りたい。今の彼女の本当の力を!)




































越智との対局を終えたアキラは
一人残された部屋で考えていた

(越智……これだけ打てればおそらく院生の上位だろうが……
だが、ボクの代わりにはならない。
もし彼にボク程の力があれば……そうしたら彼と進藤、
そしてヒトミとの対局によって見極められるのに。
進藤の成長が、ヒトミがボクと対等かどうか――)

「すみません、お待たせいたしました。
大丈夫か?終局してすぐにトイレに入って
おまえなかなか出てこなかったが――」

祖父と共にアキラがいる部屋に戻ってきた越智。

負けるとどんな相手とだろうが悔しがり、
トイレにこもるのが越智だ

「もういいから」
「しかし」
「もういいから、おじいちゃんはあっち行って!」
「……よろしくお願いします」

祖父が出て行き、越智がアキラの前に座る

「指導碁と聞いていたけど、
キミが本気の対局を望んでるようだったので
手をユルメなかった。感想戦をやろうか」
「ボクの敗因は分かってます」

並べながら、越智が自分で
間違ったところを言っていく

「ボクはこの二手で強引に右辺を囲いにいったんだけど、
これが悪くて……出切られてしまってはもうダメだ。
やっぱりノビてなくちゃいけなかったんだ」
「確かにそれもあるけど、
キミは少々地を気にしすぎるんじゃないのかな。
厚みは攻めに働かせないと……」

(越智とヒトミの対局は19戦目、進藤とは最終日。
ヒトミとは3週間、進藤とは一ヶ月半ある。
それまでに越智を少しは引き上げることができる)

「これなら黒は十分だね」

そう説明したが、
越智から反応が返ってこないので、溜め息をつく。

「棋院のホームページ見たよ。
プロ試験全勝はキミの他に2人いるね。
伊角という人と進藤。そしてヒトミは1敗」
「南条なら今日も負けましたよ」
「負けた!?誰に?」
「奈瀬です。院生の」
「碁の内容は?」
「知りませんよ!プロ試験は長いから、
疲れが出たり、リズムが狂ったりとかで、
取りこぼしもあるでしょ」
「…………。そうか2敗したのか…」

ヒトミがヒカルに1敗したことは想定内だったが、
2敗するとは思ってもみなかったので、
驚きを隠せないでいるアキラ

「南条を気にしているようですが、南条が何か?」

そこまで言って、越智は
自分が院生になった時のことを思い出す

(そういえば、南条が院生になったときこんな噂があった。
南条が塔矢名人の弟子だって。
南条……確かに強いけど、弟子じゃないって否定してたから
気にしなかったけど、もしかして本当だったのか?)

「キミから見て進藤とヒトミをどう思う」
「進藤の強さはあなたが知っている通りですよ。
南条は強いけど、対局してボクが負けた回数より
勝った回数の方が多いです。
二人ともボクのライバルにはかわりありませんけど」
「負けた回数より勝った回数が多い?」
「そんな驚くことなんですか?
まるでボクの方が南条より
弱いと思っている見たいですけど。
確かに今の院生順位は南条の方が上ですけど、
ボクが上だった頃もあります」
「……キミとヒトミが当たるのは19戦目、
進藤とは最終日だね」

(それまでに少しでも越智を鍛えて、ボクの代わりに)

「もしよければ、それまで都合のつく限り、ここへ来よう」
「ボクが今のままじゃ南条に勝てないとでも?」
「あ、いや。キミが勝てないなんて言ってない。
ただキミが全勝合格をめざしているのなら
ボクと打つのは少しはお役に立つと思って――
それに進藤は厳しいとキミもわかっているだろう?」
「わかった」
「越智くん?」

越智は立ち上がり、声を荒げる

「アナタ、ボクをモノサシにして
進藤と南条の実力を測りたいだけなんだ!
アナタなんかに鍛えられなくても勝てるよ!
進藤にだって勝てる!」
「康介どうした!?」

ここで祖父が部屋に入ってきた。
越智の大きな声が聞こえたのだろう

「だいたいなんで南条なんか気にするんだか。
進藤はわかりますよ。
あなたに勝ったこともあるますし。
だけど南条は女だ。
女の棋士は男の棋士と比べると
弱いのは知ってるでしょ!?」

この場にヒトミがいなくて本当によかった。
いたらすぐに越智に対局を申し込み、
全力で勝ちにいっただろう

「悪かった。今日はこれで失礼するよ」
「今日は!?もう来なくていいよ!」
「康介!」
「ボクをなめてるのも今のうちさ。
いつかライバルになってやる!帰れっ」

この日、越智の頭の中は
ヒカルとヒトミでいっぱいだった





2015/03/26


87へ/目次へ/89へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ