隣にいる者3

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プロ試験25戦目。

今日もヒカルは勝ち、
一足先にプロ入りが決定した

「おめでとう、進藤くん」
「ありがとうございます」
「残り二戦を仮に負けても、今日の勝ちで合格決定だ」
「オレは全勝するよ」
「ははは、流石進藤くんだ。
その調子じゃ、今日は緊張せずに打てたみたいだね」
「うん!」
「合格を前に力む子が毎年いるんだがねえ。
キミは平気だったみたいだ」
「はい」
「じゃあ、残りの対局も頑張ってね」
「わかりました」

篠原が去って行き、ヒカルは休憩所へと戻った。
そこにはヒトミがいて、外を眺めていた

「おまえ何やってんだよ」
「あ、ヒカル。合格おめでとう」
「……ありがとう」
「一緒に帰ろう」
「そうだな」

荷物を持ったヒカルと共にヒトミは外に出る

『もうヒカルはプロ試験に合格したのですか?』
「そうだよ」
『早いですね。
ヒトミはまだ決まらないのでしょう?』
「うん。私と越智が2敗。和谷が3敗だから、
もし負けると和谷とのプレーオフだ」
「オレにもわかるように話してくれよ。
おまえに触れてないと
オレには佐為の声が聞けねーんだから」
「じゃあ、手繋げばいいじゃん」
「ヤだよ」
「地味に傷つくんだけど」

即答で否定されてしまい。軽く落ち込む。
そんなに自分とは手を繋ぎたくないのかと。

「街中で繋ぐのがヤなんだよ」
「そんなの気にする必要ないでしょ。ほら」
「わかったよ」

ヒトミが手を差し出すと、ヒカルはその手を握った。
これで佐為が見えるし、声が聞ける。

勿論ヒトミに触れて佐為がわかるのはヒカルだけ。
他の人はヒトミに触れても何も見えないし、聞こえない

『ヒカル、おめでとうございます』
「ありがとな。
そういえば、新初段シリーズの相手誰だろうなー」
「気が早すぎるでしょ」
「しょうがねぇだろ。
前は佐為に打たせたから、オレは経験してないんだよ」
『あのときはすみませんでした』
「それはいいって」

前のヒカルの新初段シリーズの相手は行洋だった。
本来なら、ヒカルが自分で打つはずだったが、
佐為がとても打ちたそうにしていたため、譲ったのだ
だから今回の新初段シリーズはヒカルにとっては初めてなので
今から相手が誰なのかが気になっている

「塔矢名人がいいな」
「私は桑原先生かな」
「それもいいな」

そんな話をしながらのんびりと歩いている時だった。
ある店の中から聞き覚えのある単語が聞こえた

「えっ!?これが慶長の花器!?」
『……行きましょう』
「うん」
「同じ店だな。でも、前はオレが中1の時だった
少しずつ変わってきてるんだろうな」

そんなことを言いながら店に入った

慶長の花器
江戸初期慶長時代にいた天才作陶家である弥衛門。
その弥衛門の真骨頂が花器。
だから弥衛門の花器を俗に慶長の花器と呼ぶのだ。

「いやあ、やはりどことなく違いますね。
あでやかだけれど上品さも兼ね備えていて!」
「流石お目が高い。150万ですよ」
「それはニセモノだ!」
「え?あっ!!」

店主が150万で売ろうとしていたものは、
慶長の花器などではない。ニセモノだ。
ヒカルが大きな声でそれを指摘したのが悪かった。
その偽物の花器を持っていた客が
ヒカルの声に驚き、落としてしまったのだ

「おまえが急に声をかけたから、おまえのせいだな。
子供とはいえど、弁償してもらうぜ。150万」
「ニセモノが150万もするわけないでだろ」
「ふん、さっきからケチつけてるが、
じゃあ本物はどんなだ?知ってるのか?」
「えっと……なんだっけ?」

もうヒトミと手を繋いでいないヒカルには
佐為の声は聞こえない。
前も同じ状況になったことがあるが、
何かを言ったのだがもう忘れている

「どうせ知らないで、勝手に言ったんだろ」
「藍色の冴がない。上薬の塗りが甘い。
形に弥衛門の品がない」
「ほォ。譲ちゃん、大した目利きだな。グフッ」

ヒカルが困っていたので、
代わりにヒトミが答えると、
店主はヒトミの顔を見てにやりと笑った。

その店主の顔を見て、
佐為は二、三歩後ずさりする

『やはり、私の嫌いな
ガマガエルにそっくりです!』
『顔見なくていいんじゃない?』
『そうします』

「どういうことだ。
ニセモノ?150万は……ウソ!?」
「おっと、いかん。
大事なカモの前でつい口をすべらせちまった」
「カ、カモ!?私のことか!?」
「だがワシは目の利く奴が大好きでな」

『ヒトミまで好かれてしまった!』
『仕方ないよ』

半泣きしてヒトミではなく
ヒカルの後ろに隠れている佐為に
苦笑いしか出なかった

「ふっふっふ、この商売をやってるとな、
物だけじゃなく人間の出来不出来まで見えてくるのさ。
お譲ちゃん、この世に人間は2種類しかいねえ。
ひとつは目のきく奴、そしてもうひとつは……」

ここで言葉を区切り、
ヒトミの横にいる客の方を見てから続けた

「目の利かない、間抜けだ」
「!」

店主がそう言ったとき丁度電話が鳴った。

電話の相手は前にこの店で壺を買った客からだった。
何故電話をしたかというと、
ここで買った壺が千円と言われたからだ。

20万払って買った壺が千円と言われたらたまらないだろう。
店主はニセモノを売ったその客に謝りもせず、
目の利かない自分を恥かしいと思うんだななどと、ヒドいことまで言う。

それは、今ここにいる客に対しての言葉でもあり、
その人は悔しくなり、店から出て行こうとした。

ちょうどそのとき、女の子が勢いよく店内に入ってきて、
一つの商品をじーっと見て嬉しそうにそれを持った

「おい、コラ!何をする!」

電話を切り、
店主はその女の子が持っている商品を
取り返そうとするが、女の子は離さない

「だってこれおじいちゃんのだもん!
半年前に盗まれたんだもん!」

力技でそれを奪い返した店主。
その手にある物こそが本物の慶長の花器である

「キミ、盗まれたってホント!?」
「うん。泥棒に入られて――」
「そんなことワシは知らん!
売りに来た奴がいたから買ったまでだ」
「お願い、返して」
「ふん!安物だろうが、ただで返す筋合いはないが、
欲しいなら金を持ってこい10万だ」

そう言って、佐為が嫌いな
ガマガエルのような笑みを浮かべる店主

「10万ね、ヒカル持ってる?」
「持ってるわけねぇよ」
「だよね」
「10万!?アンタ今安物って言ったじゃないか」
「オレの店だ。売値はオレが決める。
買う買わないは客の自由さ」
「そんな……」

胸に手を当てている女の子を
見ながらヒトミは一歩前に出た

「もう少し、値引きを
してもらえないでしょうか?」
「お譲ちゃんの頼みであってもそれは無理だね。
だが、キミがここに
住み込みで働いてくれるというのなら別だが」
「そんなこと出来るわけねぇだろ!」
「何だ坊主。おまえが口出すことじゃない」
「私まだ中学生ですよ」
「何だ、中学生か。なら無理だな。諦めろ」

どうやら、値下げをしてくれる可能性は
なくなってしまったようだ。
ヒトミがこれはもう
碁を打つしかないのかなと考えていたとき

「でもそれ、おじいちゃんのだもん!」

女の子が無理やり店主から、奪い取ろうとした。
しかし、力で大人に勝てるはずがなく、
その子は棚にぶつかってしまった

「大丈夫!?」
「大丈夫か!?」

ヒトミとヒカルは座り込んでいる女の子に近づいた。

「大丈夫じゃねェ!
茶碗を割りやがって!弁償しろ!」

そう言って店主は腕を振って
女の子を横に飛ばした。
先に突き飛ばしたのはこの店主なのに、
茶碗を割ったのを女の子のせいにする

「この茶碗は5万するんだぞ、5万!」
「どうせまたニセモノだろ!」
「さあ、お譲ちゃん払ってもらおうか?
5万。どうした?え?」

女の子は何も言うことができず、
閉口するしかない。

「お譲ちゃんじゃ話にならねェ。
家の電話番号教えてもらおうか」

ヒトミはそんな女の子を庇うように、
そのこと店主の間に入り込んだ。
そして、女の子と手を握り、
大丈夫だよと笑いかける

「ヒカル」
「ああ、おじさん碁を打つでしょ?
オレと打ってよ」
「ほお?おまえも碁を打つのか」
「勝負しようよ。オレが勝ったら
茶碗のお金払わなくていいってことに
してやってくれねえか?」
「キ、キミ!馬鹿なことを!あれを見なよ」

客が指をさしたところには額縁があり、
その中には免状があり、
この店主がアマ五段の免状を持っていることがわかる。

しかし、今日プロ試験に合格したヒカルが
そんなことで怖気づくはずがない

「勝負だ!」







































店主が先番で始まった対局

『ヒカルが私と同じ碁を打っています』
『多分この後の対局も考えているからじゃない?』
『そうかもしれませんね』

「お姉ちゃん」
「うん?どうしたの?」

隣に座っていた女の子が
ヒトミの服を引っ張った

「今どっちが勝ってるの?」
「お兄ちゃんだよ。圧倒的だよ」
「お兄ちゃん、凄いんだね!」
「うん。凄いよ」

やはり前回とは少し手は変わってしまったのだが、
ヒカルの圧勝。店主は投了するしかなかった

「ここまでだ」
「な、なんて子だ」
「負けた。このワシが」
「よし、じゃあ次。おじさん、碁石を交換して」

そう言ってヒカルは自分が持っていた白石を
持ち上げて交換を申し込んだ

「何だと?何をする気だ」
「アゲハマもね。石を交換してこの続きを打つのさ。
それでここからオレが逆転したら、
そこの花器はこの子に返してくれる?」
「な、なに!?
ワシが投了したこの碁をここから打って逆転だと?
そんなことできるもんか!でかいクチたたきやがって!
やれるもんならやってみろ!」

顔を真っ赤にして怒る店主。それが普通の反応だ。
そんなこと、出来るはずがない。誰もがそう思うだろう。
しかし、それできる自信がヒカルにはあった

「……待て」
「え?」

前と同じなら、石を交換してヒカルが勝ったのだが、
店主が石を交換しようとしない

「お譲ちゃんが相手ならそれでやってもいい」
「はい?」
「でもお譲ちゃんが負けたら、
茶碗のお金ももらうからな」
「何を言ってるんだ!
この子が碁を打てるかなんてわからないのに、
それに加えて石を交換して打つだって?あんまりだ!」
「間抜けは黙ってろ。どうするんだ?え?」
「ほら、ヒトミ座れよ」
「うん」

ヒトミにはできると確信しているヒカルは
直ぐに席を立ち、ヒトミに譲った

「打ちますよ」
「意味がわかってるのか?」
「打って勝てばいいんですよね?」
「ちっ、ほらよ」

石を交換して、
今度はヒトミ対店主の対局が始まった

『佐為、思いっきり打ってもバレないよね?』
『ええ。ここにいる者はわかりませんよ』
『よし!いきますか!!』





































(こんな、馬鹿な!)

打とうとしていた店主の手は止まった

「花器は返して下さいね」
「ホント!?返してもらえるの!?」
「こ…この子たちはいったい……」
「く……くそお。
フ…フン!あんな花器などくれてやるっ」
「ねぇ、ちょっと花器を借りてもいい?」
「え?うん、いいよ」
「ヒカル、水……ヒカル?」
「……わかった」

碁盤を睨んでいたヒカルを不思議に思ったが、
すぐに動いてくれたので気にしないことにした

「お水入れるの?
おじいちゃんは使わないで大事にしまってたよ?」
「ごめんね、でも私見たいんだ」
「見たい?」
「ほら、よく見てて」

ヒカルがゆっくりと花器に水を入れる。
そうすると花器の底に
ピンクの花模様が浮かびあがった

「うわー」
「凄い、綺麗。……これ、こんなに綺麗なんだ」
『何度見ても、心を奪われます』
「これが、慶長の花器」
「わ……ワシのもんだっ、これは!」
「あっ」

店主はこれが本物の慶長の花器だと気付き、
やはり渡してたまるかと思ったが、
ヒカルに見苦しいぜ!
この世に人間は2種類しかいないんだろ!
目の利く奴と目の利かないマヌケ!
おじさんは目の利かないマヌケだったね
と言われてしまい、何も言い返せなくなってしまった。

茶碗のお金も払わず、女の子のもとに花器も戻り
めでたしだと思ったときだった

「ん?なにやってるんだ?」

ここで、全く予想のしていない人物の登場に
ヒトミ、佐為、ヒカルの三人は固まる

「お、碁を打ってたのか。どれどれ」
「わー!」

盤面を見られてしまっては困ると、
ヒトミは急いで石をぐちゃぐちゃにした。

「何今の?全く手順が分からなかった。
キミが打ったの?」
「ヒカル行こう!」
「ああ!じゃあな!」
「あ、ちょっと!」

ヒトミたちは勢いよく店を飛び出し、
ある程度走ったところで足を止めた

「もう、大丈夫だな」
「何で倉田さんが来るのよ!」

先ほどの人物は倉田厚。
中学3年の頃に囲碁を始めて二年でプロになった人物だ。
歳は芦原と同じでふくよかな体系。
これからプロになったら会う機会が増える人物だが、
ここで会うのは予想外だ

「オレが知るかよ!」
「少し見られた」
「大丈夫だろ。
あれを見ただけじゃわからねーよ」
「だといいんだけど」

不安なまま、ヒトミは
ヒカルと分かれ家に戻ったのだった






2015/03/30


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