隣にいる者3

□105
1ページ/1ページ




行洋が5冠を獲得して数日経ったある日、
行洋から電話がかかってきた。

その内容はまた碁を打たないかと。
今度はゆっくりと打てる場所でと。

そんな素晴らしい誘いを断るはずもなく、
ヒトミは喜んで受けた。

しかし、疑問思ったことが一つあった。
静かに、そして誰にも邪魔をされないで
碁を打てる場所とは一体どこなのか。

その答えは旅館だった。
碁盤がある旅館は意外とあり、
囲碁大会旅行と命名して
やってくるお年寄りもいるくらいだ。

せっかく旅館に行くのだから、
一泊二日でたくさん打とうという行洋の言葉に
電話越しで顔が見えないのにも関わらず
首を縦に振ったのは記憶に新しい。

リュックに必要なものを詰め込み、
封筒に入れられ送られてきた旅館までの地図を頼りに
来たヒトミは旅館の前で足を止めていた

『入らないのですか?』
『お金はいらないって言われたけど、
ここの旅館高そう』
『そうですね。とても広いですし、趣があります』
『ここで止まっていても仕方ないわね。
中に入りますか!』
『楽しみですね』

門をくぐり、ガラガラっと
引き戸を開けて玄関へと入る。

中に入ると余計に高そうに見え、
子供が一人でこんな場所に入るのは完全に場違いだ。
とっとと、塔矢さんの元に行きたいが
誰に聞けばいいかと迷っていると声をかけられた

「南条ヒトミ様でしょうか」
「あ、はい」
「塔矢様はもういらっしゃっていますよ。今からご案内しますね」
「ありがとうございます」

女性の後ろを歩きながら、見える庭が綺麗で、
止まってしまいそうになる足を慌てて動かす。
今向っているのは離れのようで、
長い廊下が奥まで続いている

『素晴らしいところですね』
『そうだね。』
『ゆったりとした雰囲気が心を落ち着かせます』
『碁を打つにはもってこいかな』
『はい』

そんなことを佐為と話していると、
ヒトミは一つ聞きたいことを思い出した

「あのー」
「はい、なんでしょう」
「一泊二日で貸切をしていただいて
お金はどのくらいかかっているのですか?」
「ふふふっ、塔矢様のおっしゃった通りですね」
「え?」
「着きましたよ。お金のことは言うなと
言われましたので。私の口からは言えません」
「そんなー。あの人が
私に教えてくれるわけないじゃないですか」
「私も教えるわけありませんよ。
どうぞ、中へ入ってください」
「……案内、ありがとうございました」

これはどっちに聞いても無駄だと判断したヒトミは、
お礼を言って中に入った。

少し進み目の前にある引き戸を開けて
足を部屋に踏み入れた瞬間、
ヒトミの口から感嘆の声が漏れた。
中央に碁盤があり、既に行洋は座っていた

『作りは幽玄の間と似ていますが
雰囲気が全く違いますね』
『……うん』
『感謝をしなくてはなりませんね』
『……うん』

「どうだね?この部屋は」
「温かいです」
「そうか。座ってくれてかまわない」
「じゃあ、失礼します」

行洋と向かい合うようにヒトミは座り、
その横に佐為も座る。
そして改めて辺りをゆっくりと見渡す

「……私、この場所好きです」
「私も好きだ。よくここの旅館は来るのだが、
ここに入るためだけに来る日もある」
「ふふっ、相当好きなんですね」
「ああ。では、早速打つとしよう。
今日はどちらからだ?」
「佐為、最初に打つ?」

『ヒトミはいつも私に聞いてきますよね。
このような素晴らしい場所なんですよ?
最初に打ちたいでしょう。そう言ってください』
「どうしたの、佐為。そんなこと言うなんて」
『ヒトミが私を優先しているのがイヤなんです。
ヒトミの人生なんですから、
ヒトミを優先していいのですよ』
「そんなこと知ってる。
私は全部自分の要望をあなたに言っているはずよ。
今回私が最初に打ちたいって言わなかったのは、
この素晴らしい場所であなたと塔矢さんの対局を
早く見たいと思ったから。
最初に打ちたいのを我慢したわけじゃない」
『本当ですか?』
「本当」
『いいのですか?』
「いいのです」
『では、私から打たせていただきます』
「佐為が最初に打ちます。ほら、こっち座りなよ」

ヒトミは立ち上がり、
さっきまで自分が座っていたところを指さす

『はい!』






2015/04/13


104へ/目次へ/106へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ