隣にいる者3

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それは本当にたまたまだった。

ヒカルの期末テストの結果もよく、
出された条件をクリアすることができ冬休みに入った

そして昨日、棋院から新初段シリーズの相手が
桑原だという電話があったからか、
次の日、早く目が覚めたヒトミは
学校が休みなのにもかかわらず、
朝食を食べ終わって直ぐに家を出た。

たまには外をブラブラとするのも
いいかなと思い歩いていた時だった。

たまたま立ち寄った大きな公園のベンチに
知り合いが座っていたのだ。

見るのは二ヶ月ぶりくらい。
プロ試験ぶりなのだ。
ヒトミは声をかけていいか迷って
そのまま立っていることしかできなかった。

暫くそのまままでいると
ベンチに座っていた人物が顔を上げた。
そのためぶつかる視線。
最初はヒトミがいたことにとても驚いていたが、
状況が理解できたのか軽く手を上げてから
ヒトミを手招きした。

恐る恐るヒトミはその人物に近づいた

「座ったらどうだ?」
「う、うん」

隣に腰を下ろし、高い位置にある顔を見上げる。
その横顔は院生の頃
よく見ていたものと変わりなかった

「新初段シリーズの相手は決まった?」
「うん、昨日電話がかかってきて、桑原本因坊だった」
「大変な人とだな」
「うん。あのさ、伊角さん。
九星会を辞めたって本当?
それに院生も辞めて……」
「……本当だよ」
「これからどうするの?」
「南条は遠慮ないな。
そういうことは普通遠慮して聞かないだろ?」
「伊角さんだから、遠慮しない」
「なんだよそれ」
「答えたくないならいいよ。聞いただけだし」
「……一人でゆっくり考えてたんだ」

空を見上げながら話し出した伊角に
合わせるようにヒトミも上を向いた

「プロになる実力はあるって
前から言われてるのに、
プロ試験に受かることができない」
「うん」
「南条は何が駄目なんだと思う?」
「精神面」
「だよな。でも、精神面なんて、どうしたらいいか」
「強い人と対局して、強い人相手でも
自分はここまで打てるって
自信をつけるしかないんじゃないの?」
「強い人か……九星会で打ってたんだけどな」
「うーん、難しい」
「だよな。色々考えてるんだけど、何も解決しない」
「ゆっくり考えろとは言えないね。もう高校も卒業でしょ?」
「うん」
「18歳なんだよね。意外と年離れてる」
「南条は14か?あ、誕生日がまだだったな」
「うん。だから13」
「若いな」
「自分でもそう思った」

18歳の伊角からしたら
13歳のヒトミなんて妹みたいなもんだろう。
そんな奴に色々言われてもイヤだろうな。
そう思ったヒトミは
何も言うことができなくなってしまった

「南条」
「うん?」
「プロ試験でオレと対局したとき、何を考えてた?」
「勝てる」
「……そこが違うんだろうな」
「私は誰が相手でも勝つ気で打ってるよ」
「すごい強気だな」
「緒方さんが言ってた。碁は技術だけじゃない
僅かしかない技術の差の間で
精神面が、気迫が大きく関係して勝敗が決まるって」
「気迫で南条に勝てる気がしないよ」
「そう、弱気になるからいけないんだ!」
「……」
「あーもう!私の家に行って打つよ」

ベンチから立ち上がって伊角の腕を掴んだが、
立ち上がる気配が全くない

「こんなところで、
伊角さんがつぶれるのなんてイヤだよ!」
「もうつぶれてるさ」
「伊角さん!そんなことしてたら、
和谷がプロになっちゃうよ!先越されたいの?
一緒にプロになる気はないの!?」
「和谷がプロ……」
「一番仲が良い和谷だから、
ずっと院生で一緒に打ってきた和谷だからこそ、
先を越されるのはツライんじゃないの!?」

立ち上がった伊角は、
不安そうに自分を見上げているヒトミに
悪いことをしたなと思った。

オレの前ではよくこういう顔を
させてしまっているなとも思った

「打ってくれるか?」
「伊角さん……」
「和谷に先を越されるのはイヤだからな」
「うん!」

久しぶりに見たヒトミの笑顔。
それに少し救われた自分が
いたことに伊角は気付いたのだった






2015/04/17


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