隣にいる者4

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『ヒトミ、雨が降ってきましたよ』
『あ、ほんとだ』

囲碁サロンで広瀬を相手に検討をしていたヒトミは
佐為の言葉で窓に顔を向け
雨が降り始めたことに気付いた。

そして、ヒトミが外を見ていることが
気になったのか、広瀬も窓の外を見た

「もう降ってきましたか」
「まだ先だと思っていたから傘持ってきてないんですよね」
「困りましたね。予備の傘があればいいんですが」
「広瀬さん、すみません。雨足が強まる前に帰ります」
「それがいいですね。
大丈夫ですよ、気を付けて帰ってください」
「はい!……アキラ、ごめん。先に帰るね」

いつもなら途中まで一緒に帰るのだが、
早く帰りたいヒトミはスクールバックを持ち
一人で石を並べているアキラのそばに行き、
小さい声でそれを伝えた

「え、何かあったのか?」
「雨が降って来たからさ。
傘持ってないし、強くなる前に帰ろうと思って」
「ボクの傘使っていいよ」
「そしたらアキラが困るじゃない」
「……家まで送る」
「え?」
「ボクの傘に入って行けば
ヒトミもボクも濡れないだろ」
「それはそうだけど、わざわざ私の家まで来るの?
また戻るの面倒じゃない?」
「風邪をひかれるよりマシさ」
「……」

中一の頃の話を出すなと思いながら
軽く不満そうな表情をするヒトミには目もくれず
市川に預けたスクールバックを取りにいるアキラに
ヒトミはため息をついて付いて行った

「そう、わかったわ。気を付けて」
「うん、ヒトミ行くよ」
「はーい」
「相合傘ね」
「……」

アキラを追って受付の前を通ったヒトミに
小さい声でそう告げた市川。

何を言っているんだこの人はと思いながら
市川を見るととてもいい笑顔だったので、
乾いた笑いが出たヒトミは手を振って囲碁サロンを出た

「ほら、ヒトミ」
「はいはい」

傘を差したアキラに手招きをされ、
中に入れさせてもらう。

初めての相合傘。
思ったより距離が近く少し緊張しているアキラとは異なり、
ヒトミは全く気にせず不安そうに空を見上げていた

「早く帰ろう。今はまだ雨が弱いからいいけど、
強くなってきたら二人とも濡れる」
「あ、ああ」

ヒトミが濡れないように
アキラが頑張って傘を動かしているときだった、
ザーッと一気に雨が降ってきた

「げっ」
「凄い降ってきたね」
「ちょっと、アキラ。もっとこっち寄って。
そんな私の方に傘をやってたら濡れるよ」
「ちょっと、ヒトミ」
「何?」

肩がぶつかるくらい近づいてきたヒトミに
アキラは動揺したが、
ここでヒトミの顔が思ったより下にあることに気付いた。

(あれ、ヒトミってこんなに小さかったっけ?)

自分より下にある目を見てそう思っているとき、
ピカッと辺りが光り、ドーンという音が鳴り響いた

「雷?」
「みたいだな。随分近くに落ちたようだが……ヒトミ?」
「あ、ごめん」

アキラの服の裾を無意識に掴んでいたヒトミは
アキラに指摘され、慌てて放した

「ヒトミって雷ダメなんだっけ?」
「イヤ、ダメじゃないはずなんだけど、
たぶん外にいるから怖いんだと思う。
家にいるときはなんとも思わないから」
「大丈夫?」
「大丈夫」
「ヒトミの大丈夫は信用できないよ」
「いや、本当にだいじょ……ッ!?」

大丈夫だとヒトミが言おうとしたとき、
また空が光り、大きな音が鳴り響いた。

まったく警戒していなかったヒトミは思わず、
ビクッと肩を揺らしてしまい慌てる

「い、今のは違うよ。
ちょっとビックリしただけだから」
「……」

初めてヒトミの弱いところを見たアキラは
ヒトミがかわいく思えてしまい困っていた。

怖がっているのだから何とかして安心させたいのだが、
この珍しく怖がっているヒトミを
見ていたいという自分がいることに。

「ヒトミ」
「っなに?」
「碁会所に戻る?」
「え?」
「中にいれば平気なんだろ?
雷がおさまるまで碁会所にいるのがいいんじゃないか?」
「でも、いつになるかわかんないし」
「じゃあこのまま帰るのか?思ったより怖いって顔しているが」
「……うん、帰るよ」
「わかった、じゃあ行こう」
「うん」

止めていた足を再び動かし、
人であふれている駅に行き電車に乗る。

そしてドアのそばに立ち、
少し暗くなっている外を見る

「ヒトミ」
「うん?」
「一ヶ月くらい前から
少し元気がないみたいだが、何があったんだ?」
「……」
「ずっと気になっていたが、
教えてくれないと思ったから特に聞かなかったが、
一週間くらい前から何か考えていることが
多くなったから心配になる」
「……」

一ヵ月前というと
ちょうどヒトミが因島に戻り、
秀策記念館に行ったときに
秀策の墓にあったシミがなくなったことに気付いた時だ。

そして一週間前というと
佐為と行洋の対局があったくらいだ。

「ヒトミ」
「よく見てるね」
「一緒にいればわかる」
「でも、言わない」
「何故だ」
「さあ?」
「はぐらかすな」
「あ、ほら。駅に着いたよ」
「……」

不満そうなアキラを片目にヒトミは電車を降り、
それに続いてアキラも降りる。

「何があったんだ?」
「アキラってさ、私に質問してばっかりだよね」
「はぐらかすなと言っているだろ」
「ふう」

階段を上がり、改札のそばまで来たとき、
ヒトミがため息をつき、
人の波から離れた場所に移動し、足を止めた

「そんなに知りたいの?」
「ああ」
「何で?」
「ボクはヒトミのことを何も知らないからだ」
「……」
「教えてくれ」
「わかった」
「本当か?」
「実はね……」
「……」
「5月6日に教えてあげるよ」
「え、あ、ヒトミ!!」

予想していなかった返答に
アキラが戸惑いの表情を見せたとき、
今だと言うばかりに走り出し、
改札を出たヒトミはそのまま走り去ってしまい、
アキラの足が動いた時にはもうヒトミの姿はなかった

雨は上がっていた





2015/05/02


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