隣にいる者4

□146
1ページ/1ページ




昨日奈瀬たちと会い、
先が見えてきたヒトミは軽い足取りで棋院へと向かった

「お願いします!」
「南条さん、しつこいですよ」
「プロになれるまで私は毎日来ます」
「それは困るんだけどな」
「なら!」
「キミがプロになる方がもっと困る」
「……そうですか」

いくら言っても無駄なような気がしてしまった
こんなことを来り返しても受付の人に迷惑がかかるだけだ。

何とかよい方法はないかと
受付を離れ棋院をウロウロして考えていると
エレベーターから現れた人物にヒトミは固まった

「南条か」
「桑原先生、お久しぶりです」

ヒトミが挨拶をすると、鋭い目で見てくる桑原。
その目に怖気づきそうになったが負けずに見返すと、
桑原の口角が上がり、笑い出した

「桑原先生?」

突然笑い出した桑原を不思議そうに見るが、
そんな目を気にもせず桑原は笑う

「あの、私何かしましたか?」
「やっと戻ったようじゃな」
「え?」
「今日は何しに来たんじゃ?」
「プロになりたいと言いに来ました」
「なれるのか?」
「ムリです。ここ最近、毎日お願いしに来ているのですが、
全然頷いてくれなくて」
「南条」
「はい」
「今から時間はあるか?」
「あるます」
「なら付いてくるんじゃ」
「はい!」

戻って来てから初めて
普通に話してくれる人物がいて嬉しかったが、
ここで舞い上がったら、後でがっかりすると思い
気を引き締めながら桑原の後に付いていった














































「座るんじゃ」
「あ、はい」

桑原の後に付いて行き、やって来たのは
棋院にある一般対局場だった。
ここに来たということは桑原と打つのだろう

「定先でワシに勝ったら、
プロになれるようにワシからも頼んでやろう」
「え!?」
「頼むだけじゃ。
それで認められてもらえるとは思わんがのう」
「ありがとうございます!」
「早速始めるぞ」
「え、私が黒なんじゃ……」
「ワシが石を置いた方がよかったか?」
「いえ、定先で私が白を持たせていただきます!」

今の桑原の実力がわからない以上、
これ以上自分に不利な状況にするわけにはいかず、
慌てて白を持った。

「お願いします!」
「お願いします」

こっちの世界に戻って来てから初めての対局で
ヒトミはニヤケル顔を抑えられなかったが、
頑張って気を引き締めた









































「……六目半、私の勝ちですね」
「……」
「桑原先生?」
「よくわからんヤツじゃな、
南条ヒトミは二人いるのか?」
「……ええ、いますよ」
「よくわからんが、まあいい。
やっと南条ヒトミが戻って来た。
これからまた囲碁界が面白くなりそうじゃ」
「ええ、期待してください」

ニヤリと笑ったヒトミを
面白そうに見ていた桑原に付いて行き受付に向かった。

受付に着くとまたヒトミが来たことに
嫌そうな表情をした受付の人だが、
桑原がいることに気付き驚いた

「南条をプロに復帰させてくれんかな?」
「桑原先生、そうおっしゃいましても」
「最後のチャンスじゃ」
「うーん、困りましたね。少しお待ちください」

桑原からのお願いなので、
そう簡単に断るわけにはいかないのか、
他の人にも相談を始めた受付の人を
ヒトミは不安そうに見ている

暫く受付で待っていると
受付の人と共に坂巻がやって来た

「桑原先生どういうことですか?
南条さんをプロに復帰させるなど。
彼女は自分から辞めたのですよ」
「目を見ればわかるじゃろ。
自分からプロを辞めたいと言った南条はもういない
この南条は北斗杯で高永夏を倒した南条ヒトミじゃ」
「……」
「坂巻さん、お願いします!」
「……もう、ヒドイ碁は打たないか?」
「ヒドイ碁?」
「キミが辞めると言った前日に
塔矢くんと打った大手合の内容だよ。
あんな碁を打たれたら困るんだがね」
「ヒドイ碁なんて打ちません
私は神の碁につながる一手を打っていくんですから!」

一体どんな碁を打ったのかを
ヒトミはわからなかったが
自分は絶対にヒドイ碁を打たない
という自信があったので大声で言い放った

「……わかった、だがプロ試験は受けてもらう」
「ありがとうございます!」
「ただ、キミは元プロだ。
しかも北斗杯で素晴らしい成績をおさめた実力もある。
そんなキミがプロ試験に合格できるのは当たり前だ」
「……そうですね」
「だから条件がある」
「何でしょうか」

坂巻の言っていることは正しい
そのためヒトミはどんな条件を出されても
絶対にクリアしてみせると思いながら条件の内容を聞いた

「対局内容はすべて絶対に記録してくれ」
「それをプロに見せますか?」
「いや、見せるつもりはない」
「そうですか」
「あとは、2子置いて打ちなさい」
「2子ですか?」
「ムリか?」
「いえ、問題ないです」
「そうか。なら受けでもいい」
「ありがとうございます!」

ヒトミは深々と坂巻に頭を下げた。
そして書類を渡し、坂巻が去った後、
桑原にも頭を下げる

「2子置いて勝てるか?」
「私は四冠の棋士ですから」
「……南条も戻って来て藤原というやつも出てきて
また囲碁界が面白くなりそうじゃな」
「藤原?」
「藤原佐為じゃよ」
「え?」
「本当によくわからないやつじゃのう。
じゃが、4冠の棋士か面白い」

そう言って去って行った桑原の言葉を
ヒトミは聞いていなかった

今頭の中には佐為を桑原が知っているということだけだった

(桑原先生が佐為のことを面白いって
言っているってことは打ったことがあるってこと?
じゃあ佐為はプロ?)

「あーもう、ガラケー使いづらい!」

ヒトミは慌てて、ポケットに入っている
まだ開いたり閉じたりするタイプの携帯を開き、
押しにくいボタンを押して佐為の名前で検索をした。

「……去年プロになって、大手合、タイトル戦共に負けなしで
すべてのタイトル戦で予選を勝ち抜いている……はは、ありえない」

携帯の画面に映し出された文字を読み上げ
ありえない実績に笑うしか出てこなかったが
来年プロになり、佐為に挑戦するのが
自分だと考えると楽しみになった





2015/05/05


145へ/目次へ/147へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ