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□風の王子と風の騎士
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雪が降り積もる国、シレジア。
この国の王子であるレヴィンは、セイレーン城の中庭に備え付けられたベンチに座っていた。
と、そこへ、空から響く声。
「レヴィン王子ー!」
声の主は、この国の天馬騎士である、フュリーのものである。
「なんだよ、フュリー…って、あれ?」
しかし、フュリーを乗せた天馬はレヴィンの頭上を飛び越し、飛んでいってしまった。
「いや、俺、ここ何ですけど…」
レヴィンがポカンとしていると、向こうからフュリーの声。
「キャー!ごめんなさい、間違えました!」
どうやらフュリーは人違いをしたようだ。
そそっかしい彼女らしい。
レヴィンは何をするでも無かったので、フュリーの声がした方に向かって歩き出す。
が、
「ア〜レク!」
突然後ろからすごい勢いで抱きつかれる。
驚いて後ろを見るとシルヴィアがくっついていた。
顔をあげたシルヴィアは、ゲッ と声を発した。
「うわ、間違えた!レヴィンの方だった」
「うわってなんだ、うわって。……で、俺が誰だって?」
するとフュリーと一人の青年がこちらに向かって歩いてきた。
「こらシルヴィア。俺と王子を間違えるもんじゃねーぞ」
「あ、アレク!ごめ〜ん」
「レヴィン王子!こちらにいらしたのですね!」
「って、ゲゲッ!フュリーじゃん!あんたなんでアレクと一緒にいるのよ!」
よほど反りが合わないのか、シルヴィアはフュリーに敵意をむき出しにする。
しかし悲しいかな、フュリーはまったく気付かない。
「実は上空から見ていたもので、アレクさんとレヴィン王子を間違えてしまったのです」
「上から手槍が降ってきたんで焦ったよ…」
「なぁんだ。フュリーもあたしと同じ間違いしてるじゃん!やっぱ間違うよね〜!あたしたち、気が合うのかも〜♪」
「いや、フュリーは上から見てたから…」
「も〜う、せっかく仲直りしたのに水をささないでよ!ばかアレク!」
シルヴィアは勝手に仲直りをしたらしく、フュリーの両手を がっし と握る。
端からフュリーには争った記憶がないが。
女同士の争い(?)も無事終結し、レヴィンは改めてアレクと呼ばれた青年を見る。
シグルドの軍に加わってしばらく経ったレヴィンだったが、この軍に所属している者の名を…平民は特に…ほとんど覚えられていない。
このアレクという者もその例に漏れず、戦場で馬を駆っている所を少し見たことがある程度だ。
確か、シグルドにくっついている近衛騎士のうちの一人だったような…?
こうして顔をまじまじと見たのは初めてだ。
レヴィンと同い年ぐらいであろう。
ウェーブがかった緑の髪。
頭にターバンを被っている。
面差しにしてもなかなかに共通する点があるようである。
レヴィンの視線に気づいたのか、アレクはそれまでの飄々とした雰囲気を一変、改まった様子を見せ、恭しくお辞儀をしてみせた。
「自己紹介が遅れて申し訳ございません。…私はシアルフィの騎士、名をアレクと申します。王子とは同じ軍に所属させて頂いていますので、お困りごとなどがございましたら、何なりと私めにお申し付けくださいませ…」
挨拶が終わるとまた、一礼をしてみせる。
レヴィンは同年代のこの青年にこんなにも改まった態度をとられることをむず痒く、そして少し寂しく感じた。
やはり、少し似ているといっても所詮、王族と騎士。
気さくそうに見えるこの青年相手であっても、立場の壁はそう越えられるものではない…。
王族という立場はいつもこうだ。
自由が無く、城からも出られず。
友を作ることさえ容易ではない。
その点、目の前の青年は位こそ高くはないものの、とても自由そうに見える。
自由になりたい。
騎士という立場が羨ましい。
よほどアレクを凝視していたのであろう。
さすがのフュリーもただならぬ様子に気づき、
「…レヴィン様、アレクさんがどうかなさいましたか?」
などと聞いてきた。
「いや、何でもないよ。…自己紹介がまだだったな。俺はシレジア王国の王子レヴィン。この軍に所属している間は、吟遊詩人レヴィンとしての扱いを希望するね」
「…ご冗談を。貴方はシレジア王国の正当後継者であり、唯一、風の神器を継げる者とシグルド様から伺っておりますから」
実にレヴィンが想像していた通りの返事である。
「……そっか、そうだよな…」
想像通りといえど、この青年ならば…。と、期待していただけに肩を落とすレヴィン。
その様子を見たアレクは、一瞬困った様子を浮かべたが、すぐレヴィンに向かってウインクをしてみせた。
「俺がレヴィン王子に向かってシルヴィアのような扱いをしようものなら、明日にでも戦死者名簿に名を連ねてしまいますね」
「ちょっとぉ、アレクったらヒドイ!」
アレクの本気とも冗談とも取れない言葉に、シルヴィアは怒りだし、フュリーは笑った。
王族であるレヴィンに冗談めかした話し方をしてみせたアレクは、どこか親しみを感じさせる態度である。
その場を和ませる発言。
そんな飄々としたアレクに一瞬、自分自身がダブって見えたレヴィン。
その時、ある"アイデア"が浮かんだ。
「アレク。もしよければ今晩、部屋へ来てくれないかい?」
シルヴィアが、ゲゲッと声を漏らしたので、レヴィンは言葉足らずに気付き、慌てて弁解をした。
「……あ、いや…その、他国の騎士という職に興味があって、少し話を…と思って、ね?」
アレクは少しだけ驚いたような表情を浮かべていたが、その弁解を聞くと、ぷっ と吹き出した。
「いや失礼。……庶民の生活に興味をお持ちとは、変わったお方だ。…しかし私、同僚からはあまり高位な方に馴れ馴れしくするな
、と、厳しく言い付けられていましてね」
そこまで言うとアレクはいたずらっぽく笑い、目配せをする。
「……ま、命令とあればお聞きしますがね」
今度はレヴィンが、ぷっ と吹き出す番だった。
「…じゃあ、命令だ。今晩話を…」
「……マジ?…おっと、そういえば今晩はシグルド様と共に、バーハラへの書状を仕上げる約束をしておりました!……と、いうわけで…その件はまた後日!」
そういうと、アレクは一目散に城の中へ走り去っていった。
いや、逃げた。
「あ!違うんですアレクさん!王子は決してそのような意味でおっしゃられたのではなく…!」
何かマズい勘違いでもしたのか、妙な弁護を口に出しながら、フュリーも走り去ってしまう。
そそっかしい彼女らしい。
後には、レヴィンとシルヴィアのみが残された。
しばらくは黙っていた二人であったが、突然シルヴィアが吹き出し、大笑いをし始めた。
「おいおいシルヴィア。何がそんなにおかしいんだよ…」
「だってレヴィンったら、アレクにフラれちゃってるんだもん!」
腹を抱え、地面にゴロゴロと転がる。
少し、笑いすぎである。
「あー、可笑しかった!レヴィンったらよっぽど友達がいなかったのね。……でも、あたしのアレクは盗らないでね!」
「だーれが」
ゴロゴロ転がり続けるシルヴィアをレヴィンは呆れた目で見続けた。
**********
それから一年。
もともとどこか似通った性質を持っていたレヴィンとアレクは、立場こそ天と地ほどの差があるものの、すっかり仲良く(?)なっていた。
レヴィンはある"アイデア"を実行に移せず、ちょっと不機嫌で。
アレクはある"アイデア"を拒絶しまくって、ちょっと飽々で。
そう。
すっかり仲良く(?)。
そんなある日…。
「…でさ、その時おいらは言ってやったんだ。『そんなだからエーディンにフラれちまうのさ』ってね」
「でもそれだと、ジャムカ様が少し可哀想では…?」
「よく言うぜミデェール。お前だって、エーディンを取られて悔しいくせに。…なあ、ノイッシュ?」
「あはは。レックス公子の言う通りです」
「そっ、そんなんじゃないです!ヒドイですよ二人とも!」
セイレーン城の廊下で談笑をしている四人組。
度重なる戦乱の中、立場こそ違えど彼らは確かに友情を築きつつあった。
そんな彼らに向かって、アレクが走ってきた。
「…は…ぁ…、あぁデュー!良かったここにいたのか!……ふぅ」
全速力で走ってきたのか、息切れをしているアレク。
それを見たミデェールは背中をさすってあげた。
だが、ノイッシュは冷たい目でアレクを睨む。
「アレク、廊下を走ってはいけないとあれほど…」
いつものようにノイッシュはお小言をこぼすが、当のアレクは知らんふりでデューに詰め寄った。
「なぁデュー、俺、頼みがあるんだが…」
ただならぬ様子のアレクを見たデューは、目を輝かせた。
「アレクさんがおいらにお願い?うわ〜、おいら、騎士様からのお願いって初めて!」
ミデェールに軽く礼を述べたアレクは息切れこそ収まったようだが、慌てた様子は収まらないようである。
「あのな……俺の光の剣を貸すから、お前の風の剣を貸してほしいんだ」
「「「はあ!?」」」
デューを除く騎士三人組が声をあげる。
しかし驚くのも無理はない。
なにせ魔法剣は威力、射程、命中から重量に至るまで全て均一であるからだ。
「アレクよ…、光の剣も風の剣も性能は同じではないか?」
「まあ…そうなんですが、ね。…エルウィンドが、ね」
歯切れの悪い返事にレックスとノイッシュは疑惑の眼差しを向ける。
が、デューはあくまで冷静であった。
「別においらはいいんだけどね。風の剣は一年前に拾ったばっかりだから、アレクさんの光の剣みたいに必殺はでないよ?」
それを聞いたアレクは、まるで雷にでも打たれたような表情を浮かべた。
「…そうか"必殺"か…すっかり忘れてたぜ……。仕方ねぇな、レヴィン王子にライトニングを……って、あ!いや何も!……デュー、サンキュな!」
そこまで言うとアレクはまた、猛スピードで走り去ってしまった。
「アレク!だから廊下を走るなって……あぁ…ったく!」
「ノイッシュさん、血圧上がりますよ」
怒りが収まらないノイッシュを諌めていたミデェールだったが、ふと、何か思い出したかのように口を開いた。
「アレクさんと言えば……最近あの方と仲が良いみたいですね」
「あぁシルヴィアだろ。二人は愛し合ってしまったようじゃ、ってな」
「レックス様違います。レヴィン様のことですよ」
「なんだ、そんなことか。そりゃもう一年半以上も一緒にいるんだ。誰が誰と仲良くなろうが不思議じゃないな」
レックスは事も無げにそう返したが、ミデェールとノイッシュは思案顔だ。
「ところがそうは行きにくいんですよね…」
「ああ全く。我ら騎士はあまり高位な方と馴れ馴れしく接してはいけないんだ……それをアレクときたら…」
しかしデューは不思議そうな表情を浮かべ、首をかしげた。
「騎士様はお貴族様と仲良くしちゃあダメなの?おいらはジャムカと仲良くしてるのに…」
「いや…うーん…。やっぱり立場が違うから…」
「別に誰と仲良くしようがいいじゃないか」
いかにもめんどくさそうに、レックスが口を開く。
「俺は公子だからって特別扱いはもう結構だ。自分の友人くらいは自分で選ぶ」
「ほ〜らレックスさんもこう言ってるじゃん!」
「いや…デュー…?」
「いいやミデェール、その通りだ。ほら見ろ、最近アゼルとアーダンは仲がいいだろ?」
「アーダンは誰にでも馴れ馴れしいだけです」
「ノイッシュまでそう言うのか。…よし二人とも、これからは俺と対等に話せ」
「「いいや無理です」」
レックスは不機嫌な表情を作る。
が、騎士としてそこは、越えられない壁なのだ。
二人も譲れない。
しばらく黙って考えたレックスだが、何か思い付いたらしく、にやっと笑った。
「じゃあ命令だな」
「「!!」」
セイレーン城は今日も平和であった。
グラン歴760年冬。
シレジア内乱勃発の前日である。