一次創作
□悪夢の朝
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【悪夢の朝】
──ほんとは気付いてた。
わたしはそこに並んだ文字を見て、瞬きをした。
続きを読むために、目を動かす。
──気付かないふりをして、そしてなにもしなかった。
わたしの衝撃は、巨大地震の初期微動のように、はじまっていた。
言葉は続いた。
──あなたの気持ちに、気付いていて触れなかった。
どこからか、抗(あらが)いようのない力が、わたしに迫ってきた。大きな力の渦に巻き込まれて、なにをすることもできない。息が、できない。
これはなんという感情なのか、わたしにはわからなかった。
唯一、信頼していた他人の、ずっとききたかった言葉。でも、絶対に、ききたくなかった言葉──。
その狭間で揺れるわたしに、つかの間の休息ほどの余裕もなかった。
──苦しんでいることも、ずっと知ってた。悲しいんだろうなって、ずっと思ってた。
喧嘩する夢を見たときよりも、わたしは大きく動揺した。前の、似たような夢を見たときより、激しく動揺した。
言葉が、容赦なくわたしを揺さぶって、身体を捕らえて離さない。そしてそのまま、どこかの暗い闇へ引きずり込んでいく。首が折れてしまいそうなほど、痛い。
わたしは、目を閉じて、耳をふさごうとすることすら、忘れてしまったらしかった。
──あなたは、それだけの存在だった。わたしにとって、それだけだった。
本当は、わたしも気付いていた。だから、その言葉を待って、「今までありがとう」をいうつもりでさえいた。覚悟は出来ていた、つもりでいた。
涙は、出なかった。
──もう、連絡することはないね。
涙は出なかった。笑いすらこみ上げてくる。それでいて「そうだね」という返事が、喉の奥で引っかかっていた。
魚の骨のように、飲み込んだら楽になれる保証など、どこにもなかった。それどころかこの異物は、飲み込んでも吐き出しても、わたしを長く苦しめる猛毒な感じがした。口を開いただけで、身体中に蔓延して、死んでしまうほどの恐怖があった。
わたしは動けなかった。声も出せなかった。息すら、できなかった。
口が、ひどく乾いていた。
部屋は、薄明るかった。
涙が出た。涙が、耳元へ向かう。
わたしはやっと、涙をふいた。息を大きく吸って、ゆっくり吐き出す。そして、四肢を目一杯伸ばして、また戻した。
部屋はいつも通りだった。とても、静かだった。
わたしは、もう一度大きな呼吸をする。そうしても、わたしは安堵できなかった。