一次創作
□バースデーカード
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【バースデーカード】
「なにが悲しいって、なにが悲しいのかわからないことが悲しい」
そういえば、きみは笑ってくれた。
「それじゃ、全然わからないよ」
困ったように笑うきみを見て、「そうだね」なんていって、わたしも笑う。そんな日々だった。
「ほんとは、こんなふうに曖昧な日常が一番悲しいんだ」
そうやっていえたら、わたしは楽になれたのだろうか。
もしもいったとして、そうしたらきみは、わたしになにかいってくれただろうか。たとえば……なんてたとえも浮かばないけれど、わたしはきっと、その『たとえば』を望んでいただろう。
それが、どんなに寂しい言葉でも。
「もう、切れちゃったかな……」
自分の部屋の天井を見ながら、わたしは呟いた。お気に入りのブランケットにくるまって、手持ち無沙汰な両手で蛍光灯を隠してみて、大きく息をはく。
どこか遠くから届く花火の音が、窓の外からきこえる。あとは、近所を車が通るくらいのようだ。
「離れていって、それでぷっつりなら、その人は自分にとって、きっともう必要のない人なんだよ」
いつだったか、なにかの拍子にきみにいったことがある。わたしはそれを思い出して、身震いをした。
いやなんだ。縁が切れて、もうきみと、笑えないのは。
こんなに悩んで、まるでわたしは恋する乙女なのかと呆れて、もう一度、身震いをする。
白状すれば、わたしはきみのせいでとても疑り深くなって、他人を信じることが怖くなった。だって、きみはいつだって嘘ばかりついてきたのだ。
けれど、白状すれば、わたしはきみのせいで、人を信じることがどれだけ素晴らしいのか、知ることができた。
きみは人を騙すことが得意だ。わたしは希に、そのほつれを見付けることもあった。
そのおかげで、わたしは臆病で冷静になった。
そのおかげで、わたしはたくさん考える変なクセがついた。
ぜんぶ、きみのせいだった。
「恋愛でもしようか」
柄にないことをこぼして、笑う。その気も相手もないじゃないか。
だからわたしは、きみの誕生日のためにバースデーカードをつくった。「おめでとう」は使わない。「ありがとう」だけ、そこに咲かせてみよう。