□勝負にならない/泉
1ページ/1ページ



「・・・あ」

「あ」


偶然。下駄箱で顔を見合わせた。

同じクラスの泉くん。


「おはよう」

「うす」


ぺこっ、と軽くお辞儀をするのは野球部だからだろうか。

ハネた髪がふわふわ揺れる。


「今日朝練は?遅くない?」

「今日はないんだ」

「へえー珍しい」

「だな。お陰ですっごい寝れた」


あはは、と笑いながら上靴に脚を入れる。

あ、ちょっと踵踏んじゃった。

いつもならすんなり履けるのに、今日に限って折れた踵を元に戻して脚を入れる。


せっかく良い感じで喋ってたのに、な・・・。


下駄箱から教室に向かう人の中、朝から少しだけ寂しくなった。


・・・ま、朝から話せただけ良しとするか。


(なんたって相手は常朝練の野球部員)


ため息をついて私は下ろしていた顔を上げる。


「おっせ」

「・・・」

「靴履くのおっせーな」


にかっ、と笑ったその笑顔が、数メートル先にあることに私の思考は通常より遅く回っていた。


「・・・対決したら私勝つかもよ」

「何、どっちが遅いかで?」

「そう、遅い勝負」


教室へ向かう生徒の中。

男女関係なく進む廊下で、偶然居合わせた体を装いながら、ちゃっかり声が届く距離を同じ歩幅で進む。

朝からちょっぴり良いことが起こりました。





勝負にならない

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ