空に満つ


□第五話
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翔太くんの右手を両手で掴んで、私の目元に当てて暫く泣いた。

その間翔太くんの長い左手は、私の前をくるっと回って右の肩を抱いていてくれた。


少しずつしゃくりあげる間隔が空いてくると、見計らったように翔太くんが声を発する。


「……どうなってんだよ?一体。」

私は翔太くんの両手首を掴んで、私に絡まった長い腕をほどく。温かいそれは、血管の浮き出た男らしい腕だ。すっかり離してしまうのはまだ寂しくて、掴んだまま体の脇に降ろした。


「避けられてるっていうのかな……、秋斉さん、私といるのが辛いみたい。」


翔太くんは、黙って次の言葉を待っている。


「まだやりたいことがあったのか……それとも、何をしていいか分からなくなっちゃったのか……秋斉さんは、悩んでる……。
でも何も話してくれなくて……私に触れないの。ずっと。」

思わず翔太くんの手を握る手に力が入った。

「秋斉さんと二人で置屋を続ける為に、太夫になろうって思った。でも……。」


もう一度涙が出てしまい、私の手を抜け出した翔太くんの長い指が、そっとそれを拭ってくれた。



好きな人が大変な時、力になりたいのは当然だ。

だけどそれは、辛い思いでいる秋斉さんから上手く話を聞いて、励ますことなのか。

それとも秋斉さんから話してくれるまで、じっと黙って見守ることなのだろうか。

いい女ぶるつもりはない。ただ、秋斉さんが好きなだけだ。
秋斉さんを覆う見えない憂いを、取り除きたいだけだ。


「どうしたらいいのか、もうわかんなくなっちゃったよ……。」







俺とあの人じゃ経験値もスペックも違い過ぎるけど、とカタカナ混じりに前置きをして、翔太くんは私の正面に座り直した。


「……俺なら、色々上手くいかなくて辛い時は、好きな人にキスして欲しい。」

そう言うと、翔太くんの右手は私の頬を伝って耳の後ろをなぞり、そこで止まった。


「反対に、俺の好きな人が辛そうにしてたら………やっぱり、抱きしめてキスしたい。」


翔太くんの声が、最後少し上擦った。
目元を赤くした翔太くんの顔が、少し斜めに傾きながら近付いてくる。


だけど一瞬触れ合うかと覚悟した翔太くんの唇は、私の頬を掠めて横にそれた。



「……でも俺、いっつも我慢してきた……。」

ため息まじりにそう言うと、翔太くんは私の両肩に手をおいて距離をとった。


「待ってちゃ駄目だ、琴子は我慢するな。……多分あの人は、自分の弱い所を晒したりしないだろ。あの人が何考えてたって、そんなのそのままお前が抱いてやれ。
……それでだめなら、俺がお前を連れて帰る。それで、我慢しないでさっきの続きをする。」



「……ばか」

私は恥ずかしくて驚いて、小さく呟いて下を向いた。

「笑うなよ。冗談抜きだからな。」

「……笑ってないよ。」

どちらかと言うと、泣きそうだ。

「めんどくせえな、ここはもういいから、早く行ってこいよ。」


照れ隠しみたいに、翔太くんはいつもより少し乱暴な言葉を使って、まだ赤い顔のまま髪をかきあげた。





こんな時、幼なじみはやっぱり不便だ。


私達には、普通の男女のようにもう二度と会わない、という選択肢は多分ない。

そしてずっと私を見てきた翔太くんは、私がどれだけ秋斉さんが好きか、よく分かっている。


それでも翔太くんは、多分今、私に告白してくれた(と思う)。


私に、勇気をくれるために。



「……ありがとう、翔太くん。」


翔太くんは、うつむきがちに目をそらしたまま、小さく頷いた。






私と秋斉さんは、時間を越えて巡り合った。

それは探り合うだけで終わる恋をする為じゃない筈だ。



今夜私は、大好きな人を抱きしめる。



私達は、きっとまだ間に合う。









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