翔太くんの右手を両手で掴んで、私の目元に当てて暫く泣いた。
その間翔太くんの長い左手は、私の前をくるっと回って右の肩を抱いていてくれた。
少しずつしゃくりあげる間隔が空いてくると、見計らったように翔太くんが声を発する。
「……どうなってんだよ?一体。」
私は翔太くんの両手首を掴んで、私に絡まった長い腕をほどく。温かいそれは、血管の浮き出た男らしい腕だ。すっかり離してしまうのはまだ寂しくて、掴んだまま体の脇に降ろした。
「避けられてるっていうのかな……、秋斉さん、私といるのが辛いみたい。」
翔太くんは、黙って次の言葉を待っている。
「まだやりたいことがあったのか……それとも、何をしていいか分からなくなっちゃったのか……秋斉さんは、悩んでる……。
でも何も話してくれなくて……私に触れないの。ずっと。」
思わず翔太くんの手を握る手に力が入った。
「秋斉さんと二人で置屋を続ける為に、太夫になろうって思った。でも……。」
もう一度涙が出てしまい、私の手を抜け出した翔太くんの長い指が、そっとそれを拭ってくれた。
好きな人が大変な時、力になりたいのは当然だ。
だけどそれは、辛い思いでいる秋斉さんから上手く話を聞いて、励ますことなのか。
それとも秋斉さんから話してくれるまで、じっと黙って見守ることなのだろうか。
いい女ぶるつもりはない。ただ、秋斉さんが好きなだけだ。
秋斉さんを覆う見えない憂いを、取り除きたいだけだ。
「どうしたらいいのか、もうわかんなくなっちゃったよ……。」
俺とあの人じゃ経験値もスペックも違い過ぎるけど、とカタカナ混じりに前置きをして、翔太くんは私の正面に座り直した。
「……俺なら、色々上手くいかなくて辛い時は、好きな人にキスして欲しい。」
そう言うと、翔太くんの右手は私の頬を伝って耳の後ろをなぞり、そこで止まった。
「反対に、俺の好きな人が辛そうにしてたら………やっぱり、抱きしめてキスしたい。」
翔太くんの声が、最後少し上擦った。
目元を赤くした翔太くんの顔が、少し斜めに傾きながら近付いてくる。
だけど一瞬触れ合うかと覚悟した翔太くんの唇は、私の頬を掠めて横にそれた。
「……でも俺、いっつも我慢してきた……。」
ため息まじりにそう言うと、翔太くんは私の両肩に手をおいて距離をとった。
「待ってちゃ駄目だ、琴子は我慢するな。……多分あの人は、自分の弱い所を晒したりしないだろ。あの人が何考えてたって、そんなのそのままお前が抱いてやれ。
……それでだめなら、俺がお前を連れて帰る。それで、我慢しないでさっきの続きをする。」
「……ばか」
私は恥ずかしくて驚いて、小さく呟いて下を向いた。
「笑うなよ。冗談抜きだからな。」
「……笑ってないよ。」
どちらかと言うと、泣きそうだ。
「めんどくせえな、ここはもういいから、早く行ってこいよ。」
照れ隠しみたいに、翔太くんはいつもより少し乱暴な言葉を使って、まだ赤い顔のまま髪をかきあげた。
こんな時、幼なじみはやっぱり不便だ。
私達には、普通の男女のようにもう二度と会わない、という選択肢は多分ない。
そしてずっと私を見てきた翔太くんは、私がどれだけ秋斉さんが好きか、よく分かっている。
それでも翔太くんは、多分今、私に告白してくれた(と思う)。
私に、勇気をくれるために。
「……ありがとう、翔太くん。」
翔太くんは、うつむきがちに目をそらしたまま、小さく頷いた。
私と秋斉さんは、時間を越えて巡り合った。
それは探り合うだけで終わる恋をする為じゃない筈だ。
今夜私は、大好きな人を抱きしめる。
私達は、きっとまだ間に合う。
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