色付きの夢を、しばらく見ない。
すべては単調な、重苦しい灰色の世界だ。
微に入り細に渡って生々しい、嫌な夢を続けて見る。思い出したくないことばかり、まるで並べて準備をしたかのようだ。
夕べは水戸で散々打たれ、今夜は大坂で味方に追われる。
斬られても刺されても、夢の中では死は遠い。
終わりなき苦痛の世界に、なんだ、血の色だけはあるんだな。
俺の身体が赤黒く染まる。奴らの身体と同じように。
やがて肉は割れ骨が見え、蛆虫が体中を這い廻る。
足元からはうごめく無数の手、手、手。
俺を奪って、それでもなお求める手。
(画/
ダイヤ様)
悪かった。
お前達を置き去りにして、悪かった。
誇り高き徳川の兵だったお前達を、
こんな亡者にしたのは俺だ。
俺もきっと同じ地獄に堕ちるから、もう暫く待っててくれないか。
そう言いたいのに。
髑髏と化した俺の口に、長い長い槍が突き刺さる。それは地中深くまで達し、
俺は詫びることも、倒れることも許されない。
ただただ呻き、血の涙を流すのみ。
「…なりさんっ!秋斉さんっ!大丈夫ですか!起きてっ!」
俺を揺り起こす愛しい声。
「こんなにうなされて……早く起きて」
ぼんやりとした視界に琴子の顔が浮かんでくる。
まだ上手く喋れない。渇いた口の中では、舌が張り付き声にならぬ。
やっとのことで息をつき、間近で俺を覗き込む琴子の頬に手を伸ばした。
「すごく辛そうだったから、心配したんですよ……」
子供をあやすような、優しい声。
だけど安堵は瞬きの間ほど。
俺の手が琴子に触れた途端、辺りは再び暗転し、今度は琴子の胸が血に染まる。
……一体どんな夢、見てたんですか……?
目から口から血を流し、それでも琴子は喋り続ける。生気のない、からっぽの瞳をして。
――やめてくれ。傷付く琴子を見るは耐えられぬ。
この冥府でただ一人、
俺は祈り、泣き叫ぶ。
夜明けよ、
白金に輝く空を引き連れて、我をおとなえ。
我に与えよ、
柔らかな朝を。
鮮らかな日常を。
……安息の夜を。
「…なりさんっ!秋斉さんっ!大丈夫ですか!起きてっ!」
俺を揺り起こす愛しい声。
「こんなにうなされて……早く起きて」
ぼんやりとした視界に琴子の顔が浮かんでくる。
間近で俺を覗き込む琴子が、俺の頬を軽く叩いている。
「……ひっ!」
また同じ事の繰り返しか。
俺は肘をつき、後ろに這って逃げようとした。
その調子にもたげた頭が、ごちっ、と音をたてて琴子の額にぶつかった。
「いたっ!」
「いつっ…」
俺達はほぼ同時に額を押さえて身をよじった。
どうやら夢ではないらしい。
「……もうっ、なんですか、私の顔見て『ひっ』って!心配したのに…」
「……すまん、大事ないか?」
「よっぽど嫌な夢、見たんですね?」
心配そうに覗き込む琴子に素直に話して、子供のようにその胸を借りてしまおうか。
怖かったと告げたなら、きっと琴子は笑い飛ばして俺を甘やかしてくれるだろう。だけど。
「…水、貰えるやろか…?」
そう言って俺は、琴子から距離をとった。
俺は最近、睡眠と覚醒が上手くいかない。
自分を上手く扱えずにいる。
原因と呼べるかどうか分からないが、そのきっかけは分かっている。
あの男に、会ってからだ。
※白金
プラチナのこと
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