空に満つ


□第一話
1ページ/3ページ



色付きの夢を、しばらく見ない。
すべては単調な、重苦しい灰色の世界だ。



微に入り細に渡って生々しい、嫌な夢を続けて見る。思い出したくないことばかり、まるで並べて準備をしたかのようだ。


夕べは水戸で散々打たれ、今夜は大坂で味方に追われる。



斬られても刺されても、夢の中では死は遠い。


終わりなき苦痛の世界に、なんだ、血の色だけはあるんだな。

俺の身体が赤黒く染まる。奴らの身体と同じように。
やがて肉は割れ骨が見え、蛆虫が体中を這い廻る。

足元からはうごめく無数の手、手、手。

俺を奪って、それでもなお求める手。



(画/ダイヤ様




悪かった。

お前達を置き去りにして、悪かった。

誇り高き徳川の兵だったお前達を、
こんな亡者にしたのは俺だ。

俺もきっと同じ地獄に堕ちるから、もう暫く待っててくれないか。



そう言いたいのに。



髑髏と化した俺の口に、長い長い槍が突き刺さる。それは地中深くまで達し、

俺は詫びることも、倒れることも許されない。

ただただ呻き、血の涙を流すのみ。






「…なりさんっ!秋斉さんっ!大丈夫ですか!起きてっ!」

俺を揺り起こす愛しい声。

「こんなにうなされて……早く起きて」


ぼんやりとした視界に琴子の顔が浮かんでくる。

まだ上手く喋れない。渇いた口の中では、舌が張り付き声にならぬ。
やっとのことで息をつき、間近で俺を覗き込む琴子の頬に手を伸ばした。


「すごく辛そうだったから、心配したんですよ……」

子供をあやすような、優しい声。
だけど安堵は瞬きの間ほど。


俺の手が琴子に触れた途端、辺りは再び暗転し、今度は琴子の胸が血に染まる。

……一体どんな夢、見てたんですか……?

目から口から血を流し、それでも琴子は喋り続ける。生気のない、からっぽの瞳をして。



――やめてくれ。傷付く琴子を見るは耐えられぬ。




この冥府でただ一人、
俺は祈り、泣き叫ぶ。



夜明けよ、
白金に輝く空を引き連れて、我をおとなえ。

我に与えよ、
柔らかな朝を。
鮮らかな日常を。
……安息の夜を。








「…なりさんっ!秋斉さんっ!大丈夫ですか!起きてっ!」

俺を揺り起こす愛しい声。

「こんなにうなされて……早く起きて」


ぼんやりとした視界に琴子の顔が浮かんでくる。

間近で俺を覗き込む琴子が、俺の頬を軽く叩いている。


「……ひっ!」

また同じ事の繰り返しか。
俺は肘をつき、後ろに這って逃げようとした。
その調子にもたげた頭が、ごちっ、と音をたてて琴子の額にぶつかった。


「いたっ!」
「いつっ…」

俺達はほぼ同時に額を押さえて身をよじった。
どうやら夢ではないらしい。


「……もうっ、なんですか、私の顔見て『ひっ』って!心配したのに…」

「……すまん、大事ないか?」

「よっぽど嫌な夢、見たんですね?」

心配そうに覗き込む琴子に素直に話して、子供のようにその胸を借りてしまおうか。
怖かったと告げたなら、きっと琴子は笑い飛ばして俺を甘やかしてくれるだろう。だけど。


「…水、貰えるやろか…?」

そう言って俺は、琴子から距離をとった。



俺は最近、睡眠と覚醒が上手くいかない。

自分を上手く扱えずにいる。





原因と呼べるかどうか分からないが、そのきっかけは分かっている。

あの男に、会ってからだ。








※白金
プラチナのこと


→次ページ

次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ