空に満つ


□第二話
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暫く置屋をあけた私達を、みんなは優しく迎えてくれた。
島原の人間があまり他人の事情を細かく詮索しないのも、私達には有り難かった。


そして、私たちの帰りを意外なくらい大喜びしてくれたのは番頭さんだ。


「とにかく、今はおなごの頭数が足らんよって、琴子はんが戻ってきてくれたんは、心強い。旅の疲れが抜けたら、早う座敷に出とくれやす。もう、何処もいかんでおくれやす。……旦那はんもや。」


「…なんや、わてはまるでついでのようやな。」


「旦那はんは座敷に出られまへんからな。」


そう言って笑いあうと、秋斉さんと番頭さんは立ち上がって部屋を出ていった。二人には、ここの経営についての話があるのだろう。



二人が出ていった途端、菖蒲さんと花里ちゃんが待ってましたとばかりににじり寄ってきた。


「なあなあ琴子はん、もう旦那はんとは夫婦にならはったんやろ?」

いきなりずばっと聞きたいことを聞いてくるのは、いかにも花里ちゃんらしい……と思う。

身を乗り出して悪戯っ子みたいに目を輝かせているのに、話の内容は色っぽいものだから、私はどきまぎして答に詰まる。


「いや……それは……これから、かな?」


「なーんや、ずっと一緒におったんに、旦那はん奥手やなぁ。」

いかにもつまらない、というように花里ちゃんは口を尖らせる。


これ、言い過ぎや、と菖蒲さんが軽く花里ちゃんの膝を叩いてからこう続けた。


「でも琴子はん、これから夫婦になるゆうても、太夫のお披露目するんやったら、暫くは周りの目ぇも気にせなならんのと違います?」


「そらそうやなぁ、楼主が自分の女房座敷に出しとりますゆうて、高い花代払う旦那もおらへんやろし。」


……そこは、私も気になっていた所だ。


「あの、やっぱり……?」

消え入りそうな声で俯く私を、菖蒲さんが優しくなだめてくれる。


「この藍屋の中で、こっそり夫婦でおっても外には分からへんやろうし……。うちらも琴子はんの力になるよって、何かあれば頼ってもろてええんよ?」

うんうん、と頷く花里ちゃんと菖蒲さんの笑顔に囲まれた。


「……はい、ありがとうございます。」


二人の言葉を聞いて、しみじみと心がなごんだ。私が帰ってくる場所は、やっぱりここだったと思う。







……こっそり、か。


ひとりになってから、もう一度考えてみる。


例え人目を忍んだ隠微な関係であっても、二人一緒にいられるならばそんなことは些細なことだ、と思えた。
何しろ私達は生きるか死ぬか、という所を超えてきたのだ。

私達は生活の基盤をこの置屋に決めたのだから、まずはこの置屋の安定を考えなくてはならない。


それに、私も歳をとる。

いつまでも新造でいる訳にもいかないように、いつまでも太夫でいられる訳でもないだろう。

きっと数年のことだ。


いつか私達は夫婦です、とどこでも胸を張って歩けるようになった時、
私は、今よりずっと秋斉さんに相応しい大人の女性になって寄り添っていたい。

目標がはっきりしたなら、後はそれに向かっていくだけだ。



二人なら、越えていけると思っていた。









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