空に満つ


□第三話
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今夜は花里ちゃんのお座敷にお供していた。


前はいつも菖蒲さんと三人一緒だったけれど、花里ちゃんはもう見習いの新造ではない。
すっかり一人前だ。

そして花里ちゃんには、いい旦那様がついていた。まだ若いのに、薬問屋の番頭さんだという。
お相撲さんではなかったけれど、逞しくて大柄な人だ。

「心も体も大きいお人なんや」が、今の花里ちゃんの口癖だ。



私は舞い踊る花里ちゃんの後ろで三味線を弾き、大好きな旦那様にお酌する花里ちゃんの為にお酒を運ぶ。

やがて夜も更け、仲睦まじく頬を寄せ合う二人を前にして、もうどうにも私の居場所はなくなる。
そしてやっと「琴子はん、戻ってええよ」の一言で、私は置屋へ帰るのだ。



二人はこの後、体中で愛を語り合うのだろう。
そんな花里ちゃんに、悪気がないのは百も承知だ。

帰り支度をする私のそばにすすっと寄って来ては、私の耳元でこう囁く。

「今日は菖蒲姐さんもうちも戻らんさかい、琴子はんも旦那はんの部屋に行かはったらええよ。」


にっこりと目配せする花里ちゃんに、私も精一杯笑顔を作って答える。


「ふふ、どうしようかな……」







私は、心が狭い。





私の疑いを感じ取った秋斉さんは、少しずつ私に触れなくなっていった。
今ではもう、前のように抱きしめてくれることも、キスをしてくれることもない。

それに比べて花里ちゃんは、可愛いだけじゃなくて、自信に満ちた、内から輝くような素敵な女性になっていた。



そんな彼女に、実は秋斉さんと今だなんの関係も結べずにいるなんて、知られたくなかった。

素直に相談することも出来ないくせに、私は花里ちゃんが羨ましくて、妬ましくて仕方がない。


突然この幕末に来て、一番最初に出来た友達。
何も分からなかった私に、着物の着方から教えてくれたのは花里ちゃんだ。


なのに私は彼女の前で見栄を張って、あげく自分勝手に嫉妬している。



……なんて、嫌な人間なんだろ。
だから、嫌われちゃうのかな。



両手いっぱいの自己嫌悪を抱えて歩く帰り道は、

短いのに寂しい。






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