今夜は花里ちゃんのお座敷にお供していた。
前はいつも菖蒲さんと三人一緒だったけれど、花里ちゃんはもう見習いの新造ではない。
すっかり一人前だ。
そして花里ちゃんには、いい旦那様がついていた。まだ若いのに、薬問屋の番頭さんだという。
お相撲さんではなかったけれど、逞しくて大柄な人だ。
「心も体も大きいお人なんや」が、今の花里ちゃんの口癖だ。
私は舞い踊る花里ちゃんの後ろで三味線を弾き、大好きな旦那様にお酌する花里ちゃんの為にお酒を運ぶ。
やがて夜も更け、仲睦まじく頬を寄せ合う二人を前にして、もうどうにも私の居場所はなくなる。
そしてやっと「琴子はん、戻ってええよ」の一言で、私は置屋へ帰るのだ。
二人はこの後、体中で愛を語り合うのだろう。
そんな花里ちゃんに、悪気がないのは百も承知だ。
帰り支度をする私のそばにすすっと寄って来ては、私の耳元でこう囁く。
「今日は菖蒲姐さんもうちも戻らんさかい、琴子はんも旦那はんの部屋に行かはったらええよ。」
にっこりと目配せする花里ちゃんに、私も精一杯笑顔を作って答える。
「ふふ、どうしようかな……」
私は、心が狭い。
私の疑いを感じ取った秋斉さんは、少しずつ私に触れなくなっていった。
今ではもう、前のように抱きしめてくれることも、キスをしてくれることもない。
それに比べて花里ちゃんは、可愛いだけじゃなくて、自信に満ちた、内から輝くような素敵な女性になっていた。
そんな彼女に、実は秋斉さんと今だなんの関係も結べずにいるなんて、知られたくなかった。
素直に相談することも出来ないくせに、私は花里ちゃんが羨ましくて、妬ましくて仕方がない。
突然この幕末に来て、一番最初に出来た友達。
何も分からなかった私に、着物の着方から教えてくれたのは花里ちゃんだ。
なのに私は彼女の前で見栄を張って、あげく自分勝手に嫉妬している。
……なんて、嫌な人間なんだろ。
だから、嫌われちゃうのかな。
両手いっぱいの自己嫌悪を抱えて歩く帰り道は、
短いのに寂しい。
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