空に満つ


□第五話
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誰かを愛する行為そのものは、こんなにも簡単だ。

寝転ぶだけの場所と、幾許かの金さえあれば。



女を裏返しても啼かせてみても、もう胸が高ぶる程のこともなく。

のけ反る女の反応を見ながら、ただ動きを変えるだけだ。
およそ女の求める快楽は、どうにでも与えてやれる。



女の嬌声と絡み付く湿った体が、女がもう限界に近いことを語る。

俺は自分を抜け殻にして、ただ体の高まりを待つ。



俺はまともな恋などとうに諦めていたし、それで構わないと思っていた。
……琴子に会うまでは。

俺が琴子を抱いても、何も感じなかったらどうすればいい?

ただ道具や、手段の為に抱いた女達と同じように扱ってしまったら……琴子はそんな俺を、どんな目で見る?






汗が目に入って視界が滲んだ。

目の前の組み敷いた女に強く体を打ち付けながら、
その痛みに酔って、うっかり泣いてしまいそうな俺は、

何事をも成し遂げられず、ただ生き永らえてしまった俺は、



声にならない声で、
琴子を何度も呼んだ。



そしてほんの一瞬の熱を放てば、後味はため息と共にだらだらと苦く続く。









女は事が終わると、長襦袢を引っ掛けて出て行き、すぐに水を一杯持って戻ってきた。

――お酒の後は喉が渇くもんやろ?

そう差し出された水を飲み干すと、今度は秋斉の顔を覗き込んで、どう旦那はん、よう眠れそう?と無邪気に尋ねる。



……この女は擦れた所がないのだな。


秋斉は布団の上で座ったまま、もう一度女を抱き寄せた。

その肩に顎をのせたまま、あんさんはずっとここで働きよるつもりか?と問えば、

あと二年で昼間だけの仕事になれる、との答が返ってくる。


この狭い店の湿った布団の上で過ごすそれは、果たして長いのか短いのか。
秋斉が答えあぐねていると、腕の中からは思いがけず女の明るい声がした。



「たかが二年や、旦那はん、もしかして心配してくれはった?」






何かの事情を抱えて生きる。そしてひとつづつその始末をつける。
生きるとは、そういうことだ。


そんなことを、仮にも忘八の俺が、こんな素人みたいな女に気付かされる。


じゃあ俺の始末はなんだ?
なんの決着をつけるんだ?


今日会ったばかりの名も知らぬ者同士でさえ、仮初め肌を寄せ合い、いたわり合うことが出来るのに、俺と琴子はどうしてこんなに遠い?どうして素直に抱き合えない?


女の体温をさっきよりもはっきりと感じていた。
人としての営みは、本能に一番近い所で俺の心をすっかり暴いて見せつける。



女の背を撫でた。
二年後の無事を、せめて祈った。


「わてはもう……すっかり目ぇが覚めたようや。」







表に出れば、もう陽は落ちている。


街はある。
夜もある。


あと琴子だけが、俺に足らない。




俺達はまだ、間に合うだろうか。









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