空に満つ


□第六話
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東山の月を頼りに、急ぎ島原に戻った。
人通りの増えた往来をすり抜けるように藍屋に着けば、

「結城はんの座敷は?」と、言いかけた声を呑みこむ。


上がり框には、二人の男の姿。


「旦那はん、結城はんや。今はお役人をしてはるそうや。」

笑顔の番頭と、

「…どうも、藍屋さん。」

また幾分男らしさの増した結城。



「……琴子はどないしたんや?」

結城を見据えて問い掛ければ、番頭がその答を引き受ける。

「琴子はんはもう一件逢状がかかりましたさかい、そちらをお務め中どす。」


「藍屋さんと話したくて、待たせてもらいました。……構いませんか?」

涼しげに俺を見る結城の姿に余裕さえ感じ、望むところ、とばかり勝手に俺の内にも火がついた。


「……せやったら、奥へ行こか…」







自室で結城と向き合った。この男と二人きり、というのは、考えてみれば初めてのことかも知れない。


「息災のようやな。……薩長の政府の方はどないや?」


「まあ今は、酷い混乱です。農村では、幕府が倒れたから年貢が半分、なんて噂がまかり通ってますし……秋には一揆が多発するでしょう。」


「……ほうか。」

「今は極端から極端へと針が振れている最中ですけど、徐々に修正を繰り返してこの国は近代化を成し遂げますよ。後の世では日本の明治維新を模範にして、自国の改革をする国もあるくらいです。」


「……明治、維新?」


「九月八日の改元で元号が明治に変わります。だから今回の政権交代、改革は明治維新、新政府は明治政府って呼ばれることになります。」


表情から、混乱の中にもやり甲斐を得た結城の充実が、秋斉には見てとれた。
この男は時代と環境の変化、そのどちらも上手く乗りこなしてみせたのだ。




「それで……わてに話ゆうんは?」

秋斉から水を向けると、結城はふわり、と口元に笑みを浮かべた。


「いつかあなたに言おうと思ってたことがあります。どうせなら、早いほうがいいかと思って。」


「何の事や?」


「あなたはこの国を守ってくれた……だからこの国は新しく生まれ変われる……その感謝を、伝えたかったんです。」


さらっと簡単に言ってのけた結城の言葉に、いささか虚を付かれた。

「……それは、わてとは関係ないことやろ。薩長の政府がすることや。あんさんかて、その一味やないか。」

知らず、手元の扇子をぱちぱちと鳴らす。


「俺は龍馬さんと暫く一緒に行動していたし、少しはあなたと慶喜さんの側にも居られた。何より、この後百四十年くらいの歴史もおおまかには分かってる。
だから……俺にしか語れない、この国の歴史があります。徳川…秋斉さん。」






「……聞かせてもらおうか。」


目は背けまい。
耳は塞ぐまい。


自分にない若さと知識を持つこの男が何を語るのか、聞いてみたいと素直に思った。





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