この日の本で徳川の血を引いて生まれ、権力の闇を司るべく、特殊な育ち方をした。
そんな秋斉さんの目は、今は儚い脆い、弱い者に向けられている。
新しい時代の訪れ。
その影で、余波に呑まれる人々。
抗いようもなく、その波をかぶってしまう女子供の生きる為の闘いは、むしろこれから始まるのだ。
慶喜さんの為に、京に潜伏する目的で始めた忘八稼業。
二人で共に暮らそうと舞い戻った京の置屋。
ここで秋斉さんは、新しい生き甲斐を見つけた。
彼はやはり、誰かの為に生きることを求めた。
それはこれから島原にも増えるであろう、没落武士の子女を藍屋で育て、支えていくこと。
一介の私人として、大き過ぎず、小さ過ぎず、冷静に彼自身が出来ることを始めようとしている。
そうすることで、徳川幕府の終わり、武家社会の終焉を、最後までひっそりと見届けるつもりなのだ。
……とても秋斉さんらしい、選択だと思う。
そんな秋斉さんの姿に触れて、私もここで生きていく自分の有るべき様を見つけた。
二人きりにしてもらった支度部屋で、秋斉さんが私を厳しい目で見つめる。
もう一度軽く紅を直すと、私を立つよう促した。
私の出来映えを確認しながら一周すると正面に立ち、秋斉さんが締めてくれた「心」の形の帯の結び目を、そっと長い指で撫でる。
厳しかった秋斉さんの目が、穏やかに緩んだ。
それを見て、私は大きく頷く。
「……綺麗や。さあ、みんな待っとる。……いこか、太夫。」
いつまでも、秋斉さんに守られるだけの私ではいられない。
そこから一歩踏み出して、自信と誇りを持って生きる為に、
今日私はこの島原で、
藍屋の太夫になる。
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