『忘八』


□五、傷
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「お袖、話がある。」

こわごわと前へ進んできたお袖の左手を有無を言わせず掴むと、秋斉はそのまま部屋の中に引き入れた。

手をつかんだまま、後ろ手で乱暴に襖をしめる。いつもと違う秋斉の様子に、お袖が怯えている。


はっとして、掴んでいた手を離した。

山喜屋の、口車に乗ってはいけない。
あの男が本当に試そうとしたのは、これじゃない。


「…よう聞くんや。」

秋斉は、座るよう促してゆっくりと話し始めた。

「夕べのことは、もう方々で噂になっとる。人の口に戸ぉは立てられへん。」

お袖は、居心地悪そうに下を向いている。

「結局は、あんさんの為にならん。自分を貶めるようなことは、もうせんと約束し。」

お袖が顔を上げた。お袖の瞳に、秋斉が映っているのが見える。

「……わてをもう、がっかりさせんといてくれ。」


「…よ、ようわかりました、旦那はん。」

お袖は少し頬を染めて、頭を下げた。





「旦那はん、お茶をお持ちしましたぇ。」


お袖を下がらせ、入れ代わりにお柳と向き合う。
お柳は何か言いたげだ。


「……なんも惑わすようなことはしてへんよ。」

「……あれぐらいなら、ええでしょう。」


茶を一口啜って、秋斉は苦笑いする。
お柳はなんでもお見通しだ。


「しばらくは二人ともおとなしゅうしとるやろ。これ以上の締め付けはせんでえぇ。せやけど、今度はもっと目立たんいけずがあるかも知れん。お柳はそこをよう見とって欲しい。」

結局、一番頼りにするのはお柳だ。

「へぇ。……旦那はんは、わてをがっかりさせまへんな。」





そして迎えた三日目、山喜屋から見事な三人分の着物が届き、女達は呆気なく懐柔された。

一緒に添えられた手紙には、今回は取り急ぎ用意したのでこんな粗末な品で恥ずかしい、今後もお付き合い出来ればもっといい贈り物が出来るだろう、としたためてあった。






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