『忘八』


□八、泡沫の
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――わてはもう、二回倒れとる。次が三度目の正直や。この夏の島原通いで、お迎えも早まるやろ。

せやから、あんさんは法師でも陰明師でも、一番効く呪詛を習うて毎日死ね死ねと唱えとったらええ。

けんど、いくらわての面の皮が厚いゆうても、好いたおなごに呪詛をかけられるんは切ないで。
わてが死んでからのことは、おりんには黙っといてくれんやろか?…敵を欺くには味方から、ゆうのと同じだす。




山喜屋の身請けの申し出は、喜ぶべきものだ。



おりんと弟達、まとめてあの親父から引き離し、面倒をみると言ってくれている。

このまま藍屋にいれば、どんなに追い払ってもあの親父はやってくる。
おりんは夜な夜な違う座敷に呼ばれ、秋斉はまんじりともしない夜を過ごす。

朝帰りのおりんを、一体どんな顔して出迎えるだろう。


――お疲れさん。よう気張って、ええ娘やね。


いつかそれすらも、当たり前になって慣れてしまうのだろう。

秋斉のそばで、藍屋で暮らすということは、どんなに先伸ばしにしても、そういうことだ。

だったら、決まった旦那と暮らすほうがいいに決まっている。



お柳が、山喜屋は四、五年前に体を壊したと言っていた。三度目の正直というのは、あながち嘘ではないのかも知れない。

しかし山喜屋の死後云々の話は、当てにはならない。
真に受けず、お伽話だと思って聞いていればいい。信じたふりをしていれば、しばらくは慰めになるやも知れぬ。叶わぬとて、腹も立たぬ。



今やるべきことは――
藍屋の人間にも分からぬよう、おりんを山喜屋に渡すこと。

おりんを笑顔で送り出すこと、それだけだ。




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