必死だったとは言え、出会ってからの私は沖田さんに、ぶしつけで配慮に欠けたことばかり言ってきたと思う。
「武士はいなくなる。」
「未来に幕府はない。」
「新選組は負ける組織。」
「あなたは病気で死んでしまう。」
悪質な占い師だって、こんなに悪いことばかりは言わないだろう。これだけ並べたら、まるっきり嫌がらせみたいだ。
あの日、庭先ではひと雨ごとに色を重ねた若い楓の葉が、夜風を受けて控え目な音をたてた。
ここへ来て二度目の夏は、もうそこまで来ていて、そして私は珍しく一人でお座敷に来てくれた沖田さんに、どうか医者に行って欲しいと頼んでいた。
「……そんな所も含めて、あなたの浮き世離れした所が、なんだか私には心地好い。」
怒りもしない代わりに決してうんとも言わず、沖田さんはいつも通り穏やかだった。
「浮き世離れ、ですか……?」
優しくはぐらかすような言葉に、私は顔を曇らせた。そんな私を見て、そうだなあ、と沖田さんは腕組みをして、そしてゆっくりと話し出す。
――碁盤の目のような、京の街をすいすいと行く。いつもの無愛想な猫をひと撫でして、いつもの角を曲がる。
どこかの家の夕餉の匂いがして、遠くから近づいてくる物売りの声に、喧嘩する子供の声が重なる。
流れていくそんな景色に、物懐かしさと少しの憧憬を抱いて。そして何の気無しに顔を上げたら、そこに思いがけず美しい夕陽があって、足を止めて息を呑んだ。
いつもの街の、いつもの見慣れた光景。
だけど立ち尽くす私はもう、昨日までの自分とは違う。
「……こんな風に、私はあなたに恋をしたんです。可笑しいですか?こんな口説き文句は。」
詩でも詠むみたいにそう呟いた沖田さんは照れるでもなく、ただ透き通るような風情で私を見ていた。
この時代の電線に区切られていない橙色の空は、うっかりすると涙が滲むくらい綺麗だ。
遥か昔から私のいた未来まで、変わらずこの世を照らす光。
沖田さんの目は私の向こうに、もうここではない、彼方の夕映えを見ている。
(画/
ダイヤ様)
急に泣き出して、私は沖田さんを慌てさせた。
「困ったな。泣くほど、迷惑でしたか?」
私の髪を撫でて気遣う沖田さんに、違うんです、違うんです、と馬鹿みたいに繰り返した。
どこから違っていたのだろう。正しいこともまだ分からないのに、違っていたことばかりが沢山ある。
沖田さんの生き方を変えようとか、彼を未来に連れて帰って病気を治そうだとか、そんなことはただの思い上がりだった。
浅葱色に光る魂はもう駆け出して、私達には、時間がない。
肩が震えて上手くしゃべれない。しゃくりあげながら、つっかえつっかえ私はきいた。
「……生まれ、変わったら、今度は、長生き、して、くれます、か?」
「……約束する。」
沖田さんの無骨な手が、私の頬をそっとなぞった。
ならば私はこの血管の青の蒼さを、見ないふりでやり過ごそう。
情熱が、体を焼き尽くすまで。
はつ夏の夜、少しだけ開いた格子戸から、さらさらと風がこぼれた。
今日は泣いてしまったから、明日からはきっと笑っていよう。
彼は私を抱きしめて、そしてそのまま、私に甘い痛みをくれた。
Fin.
→あとがき