子供の頃、親父と冬の動物園に行ったんだ。母親は多分、いつもの女子会に出かけてて。
象もライオンも一匹づつしかいない、時間の止まったようなさびれた動物園。狭い園内に、それでも一通りの動物がそろってた。
元気なのはペンギンだけで、寒さでライオンもトラもじっと固まって動かないんだよ。そのうち雪までチラついてきて、親父が帰ろうと言い出した。
奥の池までもう少しで、そこに足の長い、綺麗な大きい鳥が見えたんだ。一羽は桃色で、もう一羽はけっこうな濃い朱い色してた。フラミンゴっていう名前はまだ知らなかったな。そのいかにも南国の色した鳥のつがいが、ちっぽけな人工池にいたんだよ、片足を上げて。池の側には作り物の椰子の木が立っていて、ビニールで出来た日焼けした葉っぱが、ぴらぴらと揺れてたっけ。
“もしかしてあの鳥は足が冷たくて、それで片足をあげているのかな?”
親父に引きずられるように腕を引かれて、何回も振り返りながら、小さな頭で俺は考えた。
“暖かいところへ、飛んで行ったりしないのかな?”
俺はもっとずっと見ていたかった。気になって仕方がなくって、だけどどんどん遠ざかっていく。
後で知ったよ。その鳥は片方の翼を、半分も切られていたって。だから立っているしかなかったんだ。安っぽい寒々しい、作り物の南国で。だけどすっくと立つその姿に俺は見とれて、きっとそうだ、美しいと感じたんだ。
初めてその人の名前を聞いた時、俺にとって過去のような未来のような、あの鳥を思い出した。だって似てるだろ?
朱鶴。朱い鶴。
蒼い空を瞳に映して、そして空を一面の桃色に染めて、フラミンゴの群れは飛ぶんだって。それは夢かと思うくらい、綺麗な綺麗な眺めなんだってさ。
……まあ俺も、実際に見たことはないんだけどね。
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ゆーりさんへ捧ぐ。
『きのうのあした』
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