Parallel World

□きのうのあした 3
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何度目かの神戸行き、それは予想通り、後片付けのためだった。


亀弥太さんたちのことで、操練所は不逞浪士の集まりであると見なされ、更に勝先生が禁門の変で京都まで長州の進攻を許したかどで罷免となり……神戸海軍操練所の閉鎖が決まったからだ。

日本の海軍を目指してから、僅か一年での閉鎖。それは文字通り、兵どもの“夢のあと”。
早々に国に帰る者も多く、帰るあてのない脱藩者は長崎へ行くか、京へ登るかをまだ決めかねていた。




そんな中、寂しくなった部屋で少ない荷物をまとめながら、西国で仕官先を探す、と北村さんは言った。


「明日ここを発つ。正直もう少し洋学を学びたかったが、今諸藩は蒸気船を動かせる者を欲しがっているからな。この機を逃す手はないだろう。……そういや紀州では、新型の船を買うらしい。」

「それって……」


紀州の新型艦。
それって、明光丸の事じゃないのか。数年後に、海援隊のいろは丸と追突事故を起こす船だ。

操艦術のみならず語学に長け、工廠(こうしょう)にも明るい北村さんならば、確かに仕官の道もあるかも知れない。でも紀州はだめだ。だからって、それを一体どう説明すりゃあいい?



「……言いたい事があるんだろ?」

俺の顔色が変わったのを、北村さんは勘違いしたようだった。

「あれだけ幕府を倒すと言っておいて、今更仕官かと、お前はそう思ってるんだろ?」


そうじゃない、じゃあなんだ、と言い合った所で、結局俺は口ごもるしかなかった。
話をそらすように、朱鶴さんにはもう話したんですかと小さく聞くと、北村さんは短いため息をついて不快感を露わにした。

「……腹のうちは見せないくせに、女のことは気にかかるのか。」


今度は俺が、胸の中で盛大にため息をついた。
こうやって、誤解したまま頼りの友は離れていく。……やっぱり、ここで上手くいくことなんてない。



だけどうなだれた俺の頭に、思いがけない言葉が降ってきた。


「話してやるよ、翔太。お前……朱鶴のこと知りたいんだろ?」

挑発するようなその言い方は、ちょっと気にいらなかった。知りたいんだろ。なんだか胸の中を見透かされたみたいで、俺は拳を握り締めると、下から睨みつけるように北村さんを見上げた。


「……随分といい顔するじゃないか。さあて、どこから話したものか……まず、俺はあいつの客じゃない。」

それは恋人であると惚気たにしては、随分と声音の温度が低かった。
ぴくりとも表情を変えないまま、俺を見据えて北村さんは言い放つ。



「俺は朱鶴に、ただの一度も金を払ったことはないんだ。」








※工廠(こうしょう)
艦船、航空機、各種兵器、弾薬などを開発・製造する軍需工場。


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