「あんさんの身請けが決まったで、おめでとうさん。」
どんなに悩んでも、それ以外の言葉は見つからなかった。
女達が着飾って座敷に向かった隙を見て、秋斉は休みを取らせたおりんを呼んで、そう告げた。
「あの…一体……?」
「心配いらん。山喜屋はんや。弟らの奉公先も面倒みてくれはるそうや……あんさんの父親の目ぇの届かん所でな。」
不安気に秋斉を見上げていた瞳から、一筋の涙が頬を伝っておりた。
おりんはそのまま下を向くと、肩を震わせて忍び泣いた。
「小さい頃から、あんさんは弟らの為によう気張ってきた。……もう安心して、これからは自分の為に生きたらええよ。」
……俺が、こんな事を言うなんて。
「これからは、人にも自分にも、も少し甘えてみたらええ。そうやな……まず手始めに、わての胸で泣く?」
「旦那はんっ……」
おりんは素直に、にじり寄って秋斉の胸に顔を埋めた。秋斉の着物を掴んで、今度はどうしようもなく、声をあげて泣いた。
この涙は、きっと安堵の涙。
秋斉はおりんをそっと抱いてやり、何度もその背中を撫でた。
知らず知らずの内に、秋斉はおりんの境遇に、自分を少し重ねて見ていた。
島原から出るだけじゃない。
肉親という呪縛からも、おりんはもうすぐ、解き放たれる。
「……ほんに、ええご縁でよかったな。」
「旦那、はん……」
秋斉の胸から、おりんが顔を上げた。
「少し、落ち着いた?」
まだしゃくり上げながら、おりんは頷く。
「…いっとう、甘えたい、人には……もう、逢えんようなってまう…。」
新しい雫が流れ落ちる。
この涙は、秋斉への涙?
「願いは、一度に全部は叶わん。」
子供をあやすように、ゆっくりと言って聞かせる。
「……八百万も神さんがおるゆうのに、難儀なことや。」
おりんはまだじっと秋斉を見上げている。
「出立は、いつ?」
「…五日後や。」
具体的な日取りを聞いて、また新しい涙が流れ落ちる。
「……全部旦那はんの言う通り、聞き分けますさかい……最後の晩、甘えてもええどすか…?」
「……好きにしたらええ。」
少し照れた顔を見られたくなくて、秋斉はおりんを胸の中に抱き直した。
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