一度目は秋斉がまだ二十歳の、月の冴えた夏の夜だった。
その時は、十も年上のお柳が誘った。
二人とも酒を飲んでいたことだし、何より一度きりなら間違いで済む。
その後お柳は秋斉の、若々しいひたむきな恋を応援し、もうそれきりの筈だった。
けれど。
二度目はそれから五年経った、もう春だというのに、冷たい雨の降る夜だった。
夜も更けて、二枚歯の下駄を履いた秋斉が、からんころん、と寒そうな足音を響かせて帰ってきた。
―――風邪をひかせてはいかん。
そう思ったお柳は、急ぎ熱い白湯を部屋まで運んだ。
それだけだ。
「旦那はん、お白湯をお持ちしましたけんど。」
「…ん、よう気がきくやないか。」
文机の上に湯呑みを置いて下がろうとするお柳に、秋斉が声をかけた。
「ちょっと、待っとき。」
秋斉は肩をすくめ、子供のように湯呑みを両手で包んで、ふぅふぅと息を吹きかけている。
「旦那はんは猫舌なんやから、ゆっくり飲まはったらえぇ。湯呑みは明日下げに来ますさかい。」
「…ええから、待っとき。」
不意に湯呑みを離した秋斉の右手が、お柳の手を取った。
それは何事でもないような、自然な振る舞いで。
「……もう、わての手ぇは温うなったか?」
そう言いながら、秋斉はじっとお柳を見つめている。
その端正な顔が段々、近づいてくる。
「……温うなりたいんやったら、風呂に入ってきはったらどうや。」
胸の高ぶりを抑え、精一杯睨みながら、お柳が答えた。
瞬時に、秋斉の目に暗い光が宿る。
凄みのような、色気のような。
その目は一度、見たことがあった。
秋斉は乱暴にお柳を引き寄せ、そのくせ決して抗えぬくらい、優しく口づけた。
冷たい頬と熱い指先、舌先に交互に掠めとられ、お柳はすぐに呼吸を乱した。
たっぷりと甘やかしておきながら、唇を離さずに秋斉は囁きかける。
「…わては風呂に入らないかんのやろ?お柳はどないする?
…もう、部屋に戻らはる?」
「……いやや…」
お柳は秋斉を抱く腕に力を込め、吐息で哀願するしかない。
せやったら、と言いながら秋斉が目を細める。
「わては今、手ぇが塞がっとるさかい…帯は自分で解き……。」
言われるまま、お柳は帯を解いた。
身体はもう、とっくに解けていた。
夜半から、屋根に突き刺さるような強い雨。
雨音に紛れ、二人は暫し我を忘れた。
―――春は、旦那はんが大切な人をなくした季節。
旦那はんは春になると、一層穏やかで優しゅうなる。
元々色白な旦那はんが、まるで透き通っていくような、儚げな風情になる。
旦那はんは、お寂しいのやろ。
せやから、一度肌を合わせたことのある、売りもんでないわてを
つい、抱いてしもうたのやろ。
それだけの、ことや。
それ以来、糸のように細々と、だけど二人は続いていた。
間が長く空くこともある。
そんな時にはお柳は一人、雨の夜を待ちわびた。
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