藍屋秋斉の味わい方


□[SS]Peeping
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9月28日は、艶絵師ダイヤさんのお誕生日でした。

いつもお仕事もイラストも全力で頑張っているダイヤさんに、こんなものですが(笑)捧げたいと思います。







『Peeping』




愛しい男の声が段々と濡れていくのを、私はただ聞いているしかなかった。


――やめい、ゆうとる…やろ……


それは拒絶の言葉を吐きながら、じれったく次をねだるような。


――んっ、も、あかん……もう…っん……


どうやら相手の女は、私よりずっと上手らしい。

いつも肌を合わせる時、はしたなく声をあげるのは私だけで、秋斉さんはせいぜい呼吸を乱すくらい。……その彼が、溢れる体の喜びをどうにも隠せずに乱れている。


置屋の誰かがこの声を聞き付けて、ここに来たらどうしよう。


もはや言葉を失い、あっ、あっ、と短い叫びを繰り返すだけの彼の寝室の襖一枚手前で、私はそんな心配すらしてしまう。

甘過ぎるお菓子は喉につかえて上手く飲み込めない。だけど涙目になってなお、もっともっとと欲しがる子供のように正直に。……秋斉さんは今、無心で誰かと繋がっている。




僅かな隙間から漏れる濃密な声と匂いが、暗闇を深い紫に変えていく。

今のうちにそっと部屋に戻れば、行為に夢中な中の二人には気付かれないだろう。だけどへなへなと座り込んだまま、私はどうにもこの体を動かせない。私の意思とは無関係に、額に汗、目には涙、そして熱いものが体の中心から垂れていく。

いっそそこへ指を伸ばして、掻き回してしまいたい。そうしたら盗み聞きの情事で欲情してしまった私の指も、爪の中まで同じ紫色に染まるだろう。……この惨めさは淫靡に過ぎる。




どうしてこんなことになったのか。よりによって、いつも私が抱かれる同じ部屋で。

今日一日の、秋斉さんが私にくれた笑顔を思い出す。
それらが全部嘘だと言うならば、そんな完璧な嘘を彼につかせるのは、一体どんな女なのか。


嫉妬は、哀しみよりも強く私を焼く。

愛しい男を責めるより、相手の女を憎むほうが百倍も簡単だ。
秋斉さんはきっと、誘われてしまったのだ、あんなに素敵な人だもの。そして、間違ってしまっただけだ。


驚きも焦りも、哀しみさえも押しのけて、見知らぬ女への怒りと悔しさが、興奮した私の指を動かす。
秋斉さんと激しく交わる女の顔を見てやろう。
どんな格好でどんな動きをするのか、この目で見てやろう。きっと獣のような浅ましい姿に違いない。


腰を少しあげて、私の震える指先が襖に届いた時。
秋斉さんのひときわ大きな声があがって、やがて聞こえたのは嘲るような女の声。




――拍子抜けやなぁ秋斉はん、これで終いなん?


二度めを予感させるような聞き慣れたその声に、私の血液が凍る。

そしてすべてを吐き出したらしい秋斉さんの、痺れた声がそれに続いた。




――ダイヤ…もっと……シテ……







fin.

→後書き


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