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□月夜の海に 奏でる
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 水面に躍る、月の影。広大な海に、煌々とした光を落とす。
 寄せては返す波の様に、海の音と共に耳に優しく届く綺麗なしらべ。その音を辿って、拙者は海岸に降りた。もの悲し気で、しかし淡々としていて…。まるで、悲しみを傍観する時≠フ様だった。

「………」

 海岸の岩に腰掛けて三味線を弾く影は、確かに女性の物だった。緩く一つに束ねられた長い髪は、海からの風に波打つ。音を楽しむ様に臥せられていた瞼が、ゆっくりと持ち上がる。月の光を捉えた瞳が、不意に此方を向いた。

「あら…」

 笑いを含んだ声と共に、弾く手の止まった三味線の音が、波に拐われて行った。

「お客様が居たのね。声を掛けて下さっても良かったのに」
「あ…。す、すみません…。邪魔をしない様にしようと思っていたのですが…」
「そう…。優しいのね。でも、大丈夫よ。丁度、人恋しかった処だから」

 此処にお座りなさいな。そう言って微笑んだ彼女の言葉に甘えて、彼女の隣に腰を降ろした。

「……三味線…ですよね?」
「ええ」
「拙者…初めて見ました…」

 そう言うと、彼女は首を傾げて、拙者の顔を覗き込んだ。端正な顔立ちとは言えないが、闇に輝く月の様な眼に、魅惑的な雰囲気を感じた。

「…貴方は…外国の方?」
「は、はい…」
「へぇ…。綺麗な瞳をしているのね…」

 伸びて来た手が、そっと頬を包む。闇色の眼にじっと見詰められ、何となく気恥ずかしく為って、僅かばかり視線を逸らした。
 嗚呼…、と溜め息を落として、彼女の手が離れる。

「貴方の瞳を見ていたら、弾きたく為ってしまったわ…」
「えっ…?…あっ!すみません!拙者、邪魔でしたよね」

 そう言って立ち上がろうとすると、少し驚いた様に眉を上げた彼女に腕を引かれて、再度座らされた。彼女は、くすっと笑って言った。

「違うわ。私は、弾いても良いか確かめはしたけれど、貴方を追い払いたかった訳じゃないのよ。寧ろ、貴方に聴いてもらいたいの。…湿気と塩気の所為で、あまり綺麗な音は出ないけれど……」

 そう苦笑する彼女の言葉に、思わず呆ける。

「え…拙者に……ですか?」

 ええ、と微笑んだ彼女の笑顔は、水面に影を落とす月よりも耀いて見えた。彼女は、三味線を構えると、聴いてもらえるかしら?、と確認を取る。

「は、はい!!拙者で良いのなら…!」
「ふふっ…」

 三味線の音。彼女が紡ぐその音は、先程とは違って、楽し気だった。夜の闇に融ける様な、静かな喜びを感じさせた。
 三本の弦を抑える指は、抑えたり離れたり滑ったり。ステップを踏む様に軽やかだ。スタッカートとスラーを7:3位の割合で奏でる、喜びの曲。

「……綺麗でした……」
「……ふふっ…有難う」

 落下して、水面で跳ねた水滴の様に、音は、ポーンと跳ねて、最後に波紋を残して消えて行った。
 余韻から抜け出せないまま告げた感想に、彼女も又、余韻に浸ったまま応えた。

「……月夜……」
「……?」
「…月夜の様でしょう?…どちらの曲も」
「…!」

 言われて見て、初めて気が付いた。先の曲で悲しみを傍観していたのは、時ではなく月だったのだ。淡々と、唯煌々と光で照らしながらも、一切無干渉な月。後の曲は、月や星々、そして闇に見守られているのだという安心感。

「…月夜の闇と月光は、人の奥底に潜む、本当の感情を晒させる。…晒させるくせに、それには一切干渉せず、唯淡々と傍観する…。狡いけれど、どうしても憎めない。……そんな、存在…」

 本当に、狡いわ…。そう呟く彼女の横顔は、言葉とは裏腹に、とても楽しそうだった。

「…貴女は、いつも此処へ…?」
「ええ。私は、此処が好きなの。雨の日以外は、必ず此処に居るわ」
「…その時は、三味線を?」
「ええ」
「湿気にやられて、傷んでしまわないのですか…?」
「傷んでいるわ。…確実に」

 そう答えながら、彼女はそっと三味線を撫でる。その手は、労る様に優しかった。

「……この子は…表舞台には、もう出られないの…。この子は、私が小さい時から、ずっと一緒に居てくれた…。だから、もう弦を張り替えても、本体が傷んでしまっていて、本来の音は出せないの。……私、この子で初めて、物にも情が湧くって事を知ったの。それからは、大抵何処にでも連れて行って居るわ。…私の、相棒だもの…」
「…相棒…」
「ええ」

 永く、大事に使い続けて来た物には、魂が宿る

 何時だったか、そんな言葉を聞いた覚えが有る。その時は、そんな事も有るのか程度に聞いていたのだが、それが今初めて、実感として、すとん、と自分の中に収まった。彼女とその三味線との間の、切っても切れない絆が見えた様な気がした。

「……」

 彼女にとってこの三味線は、既に、自分が弾く"楽器"≠ナはなく、自分とメロディを奏でる"相棒"≠ネのだ。その三味線に、魂の存在を―――今迄一緒に紡いで来た思い出の存在を認めて居るのだと、改めて彼女を見て、そう思った。

 少しの沈黙の後、急に光る物が視界に入った。月明かりのみの暗さに馴れていた眼に、その明かりは刺激の強い物だった。思わず眼を細めながら、彼女の方を見ると、彼女は、あら…、と驚いた顔をして居た。その視線の先、光を発していたのは、携帯電話だった。その画面に眼を向けて居た彼女は、それを閉じると、今度はその眼を拙者に向けて来た。

「もう、良い子はお家で寝ていなければならない時間だわ。私は悪い子だから構わないけれど、貴方は良い子なのだから、そろそろお家へ帰らないと。ね?それに、きっとご両親が心配して居らっしゃるわ」
「……」

 自分で自分の事を悪い子≠セなんて…

「………っぷ……ふふっ……」

 拙者がクスクスと笑い出すと、彼女も笑い出した。二人で一頻り笑い合った後、拙者は立ち上がって、彼女に手を差し出した。

「拙者は、良い子ではありません。ですが、女性には優しく、紳士的に、というのが、拙者達、イタリアン・ジェントルマンの鉄則です。貴女様のお家迄、御送りします」
「…Eccellente.(素晴らしいわ。)…そんな事を言われては、断る方が無礼ね。…では、途中迄送ってもらっても、宜しいかしら?」
「Certamente.(勿論です。)」

「ふふふっ…。Grazie.(有難う。)では、お願いします、小さな紳士様」

 差し出した手に、そっと重ねられた手。その指は細く、月明かりに照らされて、病的な迄に白く見えた。その手を握り込んで、そっと彼女を立たせる。僅かに背の高い彼女の手は、見た目とは裏腹にしっかりとしていて、やはり、バチを持つ手だと、三味線を弾く手だと、実感した。
 バチはポケットに仕舞われ、単身、優しく持ち上げられた三味線から、僅かに音がした気がした。

























月夜の海に 奏でる

(「雨の降らない日の夜は、大抵あの岩に居るの」)
(「また、聴きたく為ったら……荒れた音でも良ければ、おいでね。タダで聴かせてあげるわ」)
(別れ際にそう言った彼女は、また、月光に負けないあの笑顔で笑った)
(またあの笑顔が見たいと思ったのは、秘密だ)








(祝)バジル君の誕生日!!
(祝)バジル君の初小説!!
「わー」
ちょっと瑠璃闇!!其処は、気の無い「わー」じゃなくて、大歓声の「わー!!」でしょ!?

…と、まあ、その話は置いといて…。
そう、初めてだったのですよ!!バジル君の夢小説!!ずっと、「書きたい書きたい書きたい書きたい…」って、呪詛か何かの様に思い続けていたのですが、なかなか書ける内容が思い浮かばず、しかも「誕生日が近い!!」と慌てました…(^▽^;) 特に難関だったのが、彼の口癖ですかね…。何処から何処迄を、古めかしい言葉にしたら良いのか、大分悩みました。未来編を読み終わって、やっと書けるように為りましたよ…。あははは……はぁ……
(※雪羅は遅れていますが、お気に為さらず)


バジル君!!Born compleanno!!

ではでは。Arrivederci♪





2012.07.23

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