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□欠落した八年間
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 リング争奪戦が終息を迎えてから、およそ二ヶ月の時が経ち、ヴァリアーは、何事も無かったかの様に、八年前と同じ様に機能し始めていた。

「……ねぇ、XANXUS?」

 XANXUSは、目の前のソファーに腰を降ろした私に眼を向けた。ソファーに仰け反る様に座っている彼の手には、ウィスキーの入ったグラスが有った。

「…八年間の記憶が欠けているのって、どんな感じ?」
「……ああ゙?」

 XANXUSの眉間の皺が深く為った。コオォォォ…、と音がしたかと思ったら、グラスが、中身のウィスキーと共に、憤怒の炎に一瞬で風化されてしまった。
 あーあ。勿体無い。ウィスキーの末路は、XANXUSのお腹の中では無く、憤怒の炎の餌食だったか…
 そんな暢気な事を思っていると、彼の眉間の皺は、更に深まった。

「…カッ消されてぇのか?」

 こんな事を訊けば、怒られる事は解っていた。けれども、訊かなければならない……否、言わなければならない事なのだ。…これ以上、言わないでいる事は、出来そうに無かった。

「……私は…嫌だった…」
「…?」

 XANXUSは、炎の音が五月蝿かったのか、憤怒の炎を消した。
 彼は、私が何故八年間の記憶が欠如しているのが嫌≠ニ言ったのか、解らないという顔をしていた。当然だろう。だって、私は彼の様に、八年の間眠っていた訳ではないのだから。

「…貴方との記憶…八年分、丸ごと欠如している事が……嫌……」

 表情を変えないまま、そう告げる。
 哀しい顔も出来ない位、哀しい年月を想って…

「二度と帰って来ない、約半年の学生時代…ヴァリアーとして正式に働き出してからの七年半……。…八年……。たったの八年だって思う?」
「……」

 そう問い掛けてみるが、案の定、XANXUSは答えない。代わりに、特に感情の込もっていない顔のまま、私を見ている。10年以上前の私なら、何も感じていないのかと思っていただろう状況。されど、三年以上ずっと彼と一緒にいた今の私には、彼が真剣に聞いてくれているのだと解って、嬉しかった。…だからこそ、私の八年間溜め込んだ想いは、堰を切って溢れ出した。

「私にとっては、貴方と知り合う迄の十三年より、貴方と知り合ってからの十一年の方が、ずっとずっと長いの。…なのに…その内の八年間が……欠けている……」

 学生時代の、残りの半年。
 学校で、後ろ指を指されても、XANXUSやヴァリアーの陰口を叩く奴らを見付けても、今は騒ぎを起こしてはいけないと、全てを無視して来た。…そう。自分の心に与えられるダメージさえも、だ。
 学校に居て、唯一楽しいのは、独りに為れる昼休みと、銃術の実習の授業だけだった。だけど、それなら学校でなくても出来る。寧ろヴァリアーの方が、任務にも行けるし、ヴァリアーの皆とも居られる。…ヴァリアーに居る方が楽しい…
 私は、徐々に授業をサボる様に為り、遂には学校に行きさえしなく為った。スクアーロは元からあまり行っていなかったから、何時から学校の敷地に入っていないのか、本人でさえも忘れる位、自然と行かなく為っていた。

「…私ね……何度も…死のうとしたんだよ…?」
「………」

 見ていなければ解らなかったであろう程僅かに、XANXUSの眉が潜められた。

「……XANXUSが凍らされて…もう……帰って来ないんじゃないかって……」

 最初は、私だって、皆と同じ様に、絶対に帰って来るって、信じていた。だけど、一年、又一年と過ぎて行く内に、もう帰って来ないんじゃないかと疑う気持ちが出て来て、不安に為って、希望を見失った。
 そして、何度も死を考えた。その度に、スクアーロやベル等、ヴァリアーの皆が来た。
 スクアーロには、「帰還出来ない程度の奴だと疑ってんのか?」って怒られた。
 ベルには、「落ち込んでるなんて、らしくねえ」って呆れられた。
ルッスには、「絶対に戻って来る」って何度も励まされた。
 マーモンには、「ボスの事が好きなら、信じて待っててあげなよ」って恋心に気付かされた。(「気付いてなかったのかい?」って呆れられたけど)
 レヴィには、「ボスが帰って来た時、哀しまないように、生きていてくれ」って頼まれた。

「…皆…優しいよね。……皆のお陰で、又、XANXUSと会えた…。…凄く…凄く、嬉しかった……。…でも、」

 でも…だからこそ、又凍らされた時…辛かった……。…又、同じ虚無の年月を過ごす事は、出来ないって。
 沢田綱吉にXANXUSが凍らされた時、私は、観戦席の檻の中で、腰に付けていた拳銃を頭に突き付けて、引き金を引いた。

「…凄い物だよね、人間って。本当に追い込まれてみれば、XANXUSが凍らされていた八年間、何度もやろうとして、その度に震えて躊躇していたこの一連の動きが、一抹の躊躇いも無く、スムーズに出来て終うんだから」

 私は、自嘲する様に口角を上げた。
 もしかしたら、今の私の顔は、自嘲の念と虚無の感情とで、酷く歪んでいるかもしれない。……きっとそうだ。XANXUSが顔を顰めたのだから。

「……でも…又、死ねなかった…」

 引き金を引ききる直前。跳ね馬の部下に銃を叩き落とされ、抑え込まれた。私は、力の限り抵抗した。「XANXUSが居ない世界には、居たくない」と言って。
 私にもまだ聞きたい事が有って、此処で死なれちゃ困ると言った跳ね馬の「女性に手荒な真似はしたくなかったんだけどな…」と言う言葉を聞いた直後の首元への衝撃により、私の意識は途絶えた。

 意識が戻った時には、既に戦いは終息を迎えていて、私は自室のベッドで眼を覚ました。
 XANXUSが解凍された事、負けたけれど、誰も欠ける事無く帰って来れた事を聞いて、私は複雑な気持ちに為った。XANXUSの居る世界で生きていられる事は、大いに喜ばしい事。されど、一度は本気で死のうとした身。又失敗したんだという自責の念も強い。喜び半分、悔しさ半分…。これに、欠落した八年間の哀しみが加わって混ざり合い、混沌と為って、私の肩へとのし掛かる。

「……ねぇ、XANXUS…。私…どうしたら良い?この混沌を背負い続けるのは、もう無理だよ…。でも、どうやったら、この重みは払えるの?…私には…解らないの……」

 眼を臥せる。眼に溜まった涙が零れ落ちた。……何時の間に、涙なんて出ていたのだろう…?

「……泣くな…カスが…」

 溜め息と共にそう言って、XANXUSは、私の隣に移動して来た。私は、近い距離に居るXANXUSを見上げた。

「…てめぇは死にたいのか?」

 そう問い掛けられたが、それは、私も何度も問い掛けて来た事だ。私は、首を振って、自分が何をしたいのか解らない、と伝えた。

「………。……なら、俺が、生きる目的を…生きる義務を与えてやる」
「…義務…?」

 そう私が眉を潜めた瞬間、唇に柔らかい物が押し付けられた。息が詰まる。大好きな人の顔が間近に有って、心臓が痛い程跳ねる。
 ほんの、僅かな時間であったかもしれない。だけど、私には、とても長い時間の様に感じられた。

「…俺は、俺の隣に、常にお前が居る事を望む。…だから、お前は俺の為に、俺が死ぬ迄生きていろ」
「!」

 ……あぁ……やっぱり、XANXUSは凄いな……こんな命令で、重みを払って、そして、希望と未来を与えてくれるのだから……

「……返事は?」

 私が、感動して口が利けなく為っていると、XANXUSはそう言った。返事…そんなの、もう、一つしか無いに決まっている。

「…Yes,Boss.」

























欠落した八年間

(この八年という虚無は、)
(これからの二人の愛で、きっと埋められる…)





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