第1回與花祭

□こんなに誰かを愛しいと思ったのは初めてだった。正直、初恋だった。
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1.こんなに誰かを愛しいと思ったのは初めてだった。正直、初恋だった。


彼を初めて見たのは、深夜のコンビニだった。
誰も客がおらず暇だった時で、『ピンポンピンポーン』と鳴ったチャイムに顔を上げたその瞬間、衝撃が走った。
こんなに綺麗な顔をした男の子を見たのは、初めてだった。
見惚れる俺の視線には気が付かず、入り口付近のカゴを取ると、目的と思われる場所に一直線。
適当に弁当とおむすびを選んで、思い出したかのように2リットルのお茶も入れて、レジに来た。
もう1人いた店員が応対をして、入ってから10分と経たない内に彼は出て行った。

「えらく綺麗な顔したやつだったな。初めて見るやつだけど、最近越してきたとかかな?」

どことなく感心するように呟く声に、俺はただ頷くことしかできなかった。


その日から週に1〜2回、彼を見掛けるようになった。
俺がシフトに入っていない時にも来ているかもしれないから、もっとかもしれないけれど。
たいてい弁当2個と飲み物、たまにデザートを買っていったりする。
0時を回っている時分、1人で弁当2個は食べないと思うから、きっと誰かの分なのだろう。
朝の分かもとも思ったが、飲み
物もペットボトル2本買っていくのでそれはないんじゃないかな、と推測している。
決まった曜日に来るわけでもないので、深夜のシフトが入っている時は何となくソワソワしている。
今日は来るだろうか。
0時を過ぎた時間。
暇なので、補充をしていると『ピンポンピンポーン』とチャイムが鳴った。
確かめたいけれど、作業の途中で手を止めるのは不自然だし、今補充しているのはちょうど弁当のコーナー。
もし彼ならば、真っ先にここに来る筈だと、少し期待して待つ。
ドキドキしながら待っていれば、期待は裏切られずに彼がやってきた。
今日は何を買うのだろう。たまにレジを担当するが、決まった商品を買っているわけではないようだ。
横に立っている彼を意識しながら、もう残り1個しかない弁当を補充しようとしゃがんだら。

「なあ」

頭上から声がした。
慌てて見上げてみれば、彼が俺を見ていて。

「いつもあるハンバーグ弁当、ねえの?」

棚を見れば、確かにぽっかり空いていて。

「すみません、今出しますね」

慌てて探して1つ手渡す。

「前に食った時、旨かったって言ってたからな」

彼の言葉で、やはり誰かのための弁当だということが判明して
しまった。

「わざわざわりぃな。サンキュ」

もう1つ、適当に取ると、いつものように飲み物を選んで会計を済ませ、帰っていった。
初めて、彼が俺を見てくれた。
レジ対応をしても、いつも彼はぼんやりとどこかを見ていたから。
少し低めな声は、耳に心地よく。

「あの弁当、誰と食べてるんだろう……」

初めてこんなにも、他人が気になった。
胸がドキドキして、息が苦しい。顔も熱い。
たわいない言葉が、頭の中をリフレインしている。
弁当を補充することも忘れ、彼が去って行ったドアを、もう1人の店員に呼ばれるまで眺め続けた。


20歳をとうに越しているのに。
俺は、名前も知らない男の子に、恋をした。
初恋だった。


→next 2.何度、偶然を装って声を掛けようと思ったか。そんなわずかな勇気もない俺。


 
 

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