童話小説
□浦島太郎
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穏やかに揺れる波が太陽の光を反射して輝く。
ゆったりとした波の音が届く、海辺の町。
聞こえるのは潮騒と、張りのある物売りの声や華やいだ笑い。
その町の大通りをある一人の青年が歩いていた。
背が高く、切れ長な目をした青年で、歳は二十代半ばといったところだ。
その魅力的な顔立ちは町を行く人々の、特に年頃の娘達の目を引いた。
けれど彼の身にまとっている空気はどこか暗く、はかない。
「――ああ。なぜ、こんなことに?」
吐息に乗せるかのように青年は言う。
どこか憂いをおびた悩ましげな瞳に娘達はたちまち虜になる。
彼の名は浦島といった。
どこか困惑した面差しで町の中を歩く彼の腕には、黒く小さな箱が大事そうに抱えられている。
が、次の瞬間。
「!」
浦島の手の中からその箱が姿を消していた。
と言っても別に箱が自然消滅したわけではなく、浦島がボンヤリしていた隙に迷惑な引ったくりに箱を奪い取られたのだ。
「盗ったどーっ!」
引ったくりは某テレビ番組で有名な無人島でゼロ円生活を頑張っている人のような雄叫びを上げて走り去っていく。
モリを持ってサバイバルをしているわけでもないのに、よくこんなテンションになれるものだ。
しかし次の瞬間、引ったくりは小石につまずいて転んでしまう。
「ぶっ!?」
その拍子に箱の蓋が外れて中から白い煙が溢れ出し、引ったくりの姿をあっという間に覆い隠してしまった。
「わ、なんだこの煙!? ゴホッゴホッ」
煙の中、突然の事態に混乱する引ったくりの声が徐々にしわがれていく。
そして風によって煙が晴れたとき、そこには先程までの彼の姿はなく、代わりに一人の老人が愕然とした表情で立っていた。
「ぬわーっ、なんじゃこりゃー!?」
白髪頭を掻きむしりながら老人は叫ぶ。
引ったくりは一瞬にして老人の姿に変化してしまったのだ。
浦島は目の前で起こった信じがたい出来事を冷静に思考し、そして言った。
「ほぅ、新手のドッキリか」
だがその思考はちょっとズレていた。