ももゆめ

□ツイてる乙女と極悪ヒーロー
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 二日降り続いた雨が上がったその日。
 朝から憎らしいほど眩しく、雲一つない青空が広がっていた。

「まだ高校生だなんてねぇ」
「奥さんはすっかり気落ちして、掛ける言葉も見つからなくてねぇ」

 静かに流れる読経、あちこちから聞こえる鼻を啜る音、それらに交じって聞こえて来た小さな話し声。

 会場の片隅で両親の隣に並んで座っていた私は、首だけで振り返り建物の外に並ぶ同じ制服を着た列をぼんやりと眺めた。

 肩を寄せ合ってハンカチで顔を押さえる女子生徒、憮然とした顔で何もない空を睨みつける男子生徒の姿。
 黒いネクタイを締めた先生達の目も赤い。

 会場の中も外も、悲しみに埋め尽くされているのに、正面には白い花々に囲まれてバカみたいに大きな口を開けて笑う次郎の姿があった。

 鹿沼次郎(かぬまじろう)享年17歳。

 次郎と出会ったのは、お互いが母親のお腹の中にいた頃。
 家が向かいで生まれた日も一週間しか違わず、まるで双子のようで二人でいることが当たり前だった。

「花子……次郎くんと最後のお別れをしてあげなさい」
「えっ?」

 母に名前を呼ばれてハッとした。
 気が付けばいつの間にか読経は止み、会場の中央に移された棺の周りを人が囲んでいる。
 両親に促されるまま立ち上がると、黒いスーツを着た女性にさっきまで遺影の周りを飾っていた花を手渡された。

「なに、これ……」

 花を渡された意味も分からないまま、目の赤い母に背中を押され、黒い服ばかりの人波を避けるようにゆっくり進むと、白くて四角い棺が視界いっぱいに飛び込んで来た。
 次郎のおばさんとおじさん、今は離れて暮らしている次郎のお兄ちゃんの姿も、棺のすぐ横にあった。

「ハナ、来てくれたんだな。ありがとな」

 最初に気付いたお兄ちゃんは私の両親に軽く会釈をすると、次郎によく似た顔にいくつも涙を流しながら私を手招きした。

「次郎、ハナが来てくれたぞ」

 お兄ちゃんは私の肩を抱きながら、腰を折って棺の中に向かって声を掛けていたけれど、私はおばさんの姿から目が離せなかった。

 おばさん……。

 一昨日の夜、両親に引き摺られるように病院に駆けつけた私は、今みたいに次郎の傍らで膝を付いて、次郎の頬を撫でるおばさんの姿を見た。

 ――次郎、ハナちゃんが来てくれたわよ。

 何度も何度も頬を撫でていたおばさんの後ろ姿を頭の中でダブらせながら、あの時にはハッキリ見ることの出来なかった次郎の顔を見た。

 眠っている時よりも澄ました顔。
 まるで次郎じゃないみたい。
 でも、顎の横にある見慣れた傷は間違いなく次郎のもの。

 この傷が出来た日のことを、今でもハッキリと覚えている。
 男の勲章、次郎はいつも言っていたけれど、実際には小学校二年生の時に、ブロック塀の上を歩いていて落ちた時に出来た傷。
 五針も縫う怪我だったのに、次郎は止まらない血を脱いだTシャツで押さえ、ヘラヘラ笑っていて、私はその横でワンワン泣くことしか出来なかった。

 それから一ヶ所だけ生えない所がある右の眉。
 中学一年の時にカッコいいからとか訳の分からない理由で、眉毛を剃り落とした時に、剃刀で切ってしまってからだ。

「……次郎」

 見れば見るほどここにいるのが次郎だという現実を突きつけられるのに、それでもまだ夢を見ているような変な気持ちだった。

「ハナが来てんのに、何で起きねぇんだ」

 ぼんやりとしていた私の耳に、お兄ちゃんの悔しそうに言う声が響いた。
 次の瞬間には周りの嗚咽が一層大きくなったのに、私の耳にはなぜか遠くになっていく。

 視界がぐらりと揺れて身体が力の失う。
 誰かが支えてくれた感覚を背中に残して、ゆっくりとフェードアウトしていく意識の中で、私は聞こえるはずのない声を聞いた。

(ハナー。俺さー、お前に……)

 次郎?

 何を言っているのか、最後まで聞き取ることは出来なかった。
 視界が闇に落ちる寸前、私の頭の上でふわふわと浮かぶ次郎の姿を見た。

 
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