黄色のマカロン

□Teach me!
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「ねぇ…ねぇ、そーちゃん。お客さん」

「ふあぁ? だれぇ?」

「知らないけど、真面目そーでキレイな子。そーちゃんたら、あんな子にも手を出すのねー?」


爆睡していたオレは、アケミちゃんの声で夢の世界から引っ張り起こされた。
昨日は確か、友達が女の子連れてうちに来たんだ。明け方みんな帰って行ったんだけど、アケミちゃんだけ残って……、ダメだ。眠くて頭働かにゃい。


「……考えてる場合じゃなかった」


お布団抱えてうつらうつらしていると、二度寝しそうになる。
オレは、気合で布団を蹴り上げて体を起こした。5月だけど、まだ全然寒いぃ……。


「真面目そーでキレーな女の子? 誰だろ…?」

「知らなーい。ねぇ、あたし邪魔? 隠れてる?」

「ダイジョブ……」

「それもそっか。っていうか、さっき普通に応対しちゃったし」


アケミちゃんは、すでに外で待っているという女の子に興味を失ったみたいだ。
っつーか、女の子結構待ってる? やばーい。かわいい子を待たせるなんて、ダメだよぅ、絶対。

ようやく頭が覚醒してきた。外で待っているのが誰であれ、急いでドア開けなきゃダメじゃん。
オレは足早に玄関に向かうと、急いでドアを開いた。


「お待たせ、ごめーんね? 待ったかにゃー?」

「……、」

「ふぁ? だれー?」


扉の先にいたのは……うん。たしかに、真面目そうな美人さんだった。
目鼻立ちのはっきりした、黒髪&黒目のクールビューティ。偏見かもだけど、なんか笑ったりしなさそうな感じ? でもでも、ちょーキレーだ。
クールビューティさんは、ドアを開けたオレを見た瞬間、わずかに目を見開いた。


「……永瀬くん、寒くはないのですか?」

「へ? 寒いよー? 今日、5月だけど結構ぶるってするよねー」

「なら、服を着たらいかがですか? 全身、鳥肌立ってますけど」

「……ほんとだー!」


なんか寒いと思ったら! オレ、下着と部屋着のハーフパンツだけ履いて、上半身裸だったんだ!
言われて見れば、寝冷えしたのか上半身はさぶいぼだらけ。オレは、クールビューティさんに「ちょっとごめん」と一言残して、何か着るものを取りに一旦部屋に戻った。ソファの上に広がっていた兄ちゃんのロンTを拝借して、再度玄関に戻る。


「ありがとー♪ 上着たら寒くなくなったよ」

「それは……よかったですね」

「うんっ! クールビューティさんのおかげだよー」

「……クール?」


おっとっと。そうだよね。オレの中ではクールビューティさんだけど、そんな名前の日本人いるわけないよね。


「ね、ねぇ?」

「はい?」

「あのね、……オレたち、お知り合いだったっけぇ?」

「……、いえ。お知り合いではないと思いますよ」

「そうだよね! オレ、こんなキレーな子、一回見たら忘れないもん」


失礼かな?と思いつつ問いかけると、ちょっとだけ間を空けて、クールビューティさんは首を横に振った。
よかったよかった。オレ、もしかしたらちょー失礼なこと言っちゃったかと思って焦ったよ。


「えぇっと……オレ永瀬荘介(ながせ・そうすけ)っていうの。クールビューティさんのお名前は?」

「へ? あ、あぁ…。里中 律(さとなか・りつ)です。ごめんなさい、自己紹介が遅れてしまって」

「リッちゃん…? かわいい名前だねん」

「、それは…どうも」


へら〜っと笑いかけると、リッちゃんは一瞬、軽く目を伏せた。
それから、持っていた学校指定のスクールカバンから、がさごそと何かを取り出す。
……あ、あれ?


「リッちゃんの制服って、オレと同じ高校のやつ?」

「いまさら気づかれたんですか?」

「うんー、ごめんね? オレ、全然学校行ってないからさー。リッちゃん同じ学校なんだねー! 親近感〜♪」

「……同じ学校どころか、わたしたち同じクラスですよ。…はい、これ」

「ほぇ?」


リッちゃんは、呆れたような顔をしながら、バッグからクリアファイルを取り出した。クリアファイルに挟まっていたのは……プリントと、ノートのコピー?


「担任の先生に頼まれたので、プリントを持ってきました。それから、1か月分の授業のノートのコピーです。必要なければ、破棄してください」

「お、おぉ…すっごーい! ちょーキレー!! これ、リッちゃんが書いたのぉ!?」

「そうですけど……必要なければ、破棄を」

「必要なくないよー! ありがとねん♪」


わーい、うれしいな〜♪
そんな気分のままガバッとリッちゃんに抱きついたら、腕の中のリッちゃんはカチコーンと固まってしまった。


「……、あれ? ごめんごめん。オレ、なれなれしいってよく言われるんだよねー」

「い、いえ……」


リッちゃんを解放してから、両手を合わせて謝罪をすると、リッちゃんはほんのり頬を赤くしながら制服の裾を引っ張った。
うーん、やっちった。


「プリントにも書いてあるのですが……」

「へぁ?」

「永瀬くん、進級してからまだ一度も学校に来ていないですよね。ご存知かとは思いますが、3分の1以上の欠席と、中間・期末考査で3割以下の点数をとると留年が決まってしまいますので……高校を卒業したいのなら、そろそろ学校に来られることをおすすめします」

「うぇ? あ、あぁー…そう、だよねぇ……」


理路整然と述べられて、オレの脳裏によぎったのは昨年度末のできごとだった。
1年のときもオレ、出席日数足りない&赤点とっちゃって……兄ちゃんにどやしつけられて、センセに頼み込んで補習やってもらったんだよねぇ。


「ごめんねぇ? 春休み気分が抜けなくて……。オレちょー人見知りだからさぁ、クラス替えしたって聞いてガッコ行くの緊張しちゃって……」

「人見知りには見えませんが……」

「そーかなぁ?」

「進級して…卒業する意志はあるのですか?」

「ほぇ? あ、あるよっ! ちゃんと卒業するよぅ!」


呆れたような目で、リッちゃんが問いかけてくる。
兄ちゃんに怒られちゃうし……いちお、高校に入った以上は卒業しなきゃだよね〜。
そんな気分で握りこぶしを作って言うと、リッちゃんは「そうですか」と呟いた。


「なら、わたしから先生に連絡を入れておきますから……明日から来てください」

「あ、あした…?」

「今日はもう、学校は終わっています。始業は8時半。寝坊しないでくださいね」

「う、うん。……あれ? もう夕方なんだねぇ」

「そうですね。では、お渡ししたプリントと……可能なら、ノートにも目を通してください。それでは、来客中でしょうし…わたしはこれで失礼します」


テキパキと言ったリッちゃんは、最後にぺこりと頭を下げると、きびすを返してアパートの階段を降りていった。

ガッコ。……ガッコ、かぁ…。


「そういえば、オレ高2になったんだっけぇ」

「いまさらー? もう5月だけど?? 遅いでしょー」


渡されたプリントとノートを片手に部屋に戻ると、オレの呟きに反応したアケミちゃんがケラケラ笑った。
そうだよねぇ。ガッコ、行かなきゃだよねー。ちょっと面倒だな……。
4月の頭から、兄ちゃんが海外出張で1か月間おうちにいなかったから……ちょっと、なまけちゃったんだよねぇ。


「でも、リッちゃんがいるなら行ってみよっかにゃ」


にこりともしなかったリッちゃんの顔が脳裏に浮かぶ。
パラパラとノートのコピーを見ていると……やっぱり、ちょーキレイだ。


5月7日。ゴールデンウィークがあけて間もなくの、ある日の夕方。
オレは、突然の来訪者の訪れと共に、ガッコに行く決意を固めたのでした。
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