日雛小説
□狂った乙女
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「朝が来たら、いなくなってしまうの?」
君が寂しそうな声でそう言うから。
俺はいつも、帰れなくなってしまうんだ。
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狂った乙女
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「白ちゃん、あのね、今日も夕ごはん食べに来てくれる?またいっぱい作りすぎちゃったの。」
そう言う雛森の目には、少しの不安の中にも‘必ず来てくれる”という自信が伺える。
まぁ、その自信は間違ってはいないのだが。
「あぁ。でも今日は松本の分の仕事を手伝ってから行くから、少し遅くなる。」
「大丈夫。…待ってる、ね。」
雛森はそういって、パタパタと駆けていった。
あんなに走るとまた誰かとぶつかってしまうだろうに。
現に雛森は今週、もう3回も俺と衝突しかけたのだ。
駆けていく彼女の指に、絆創膏が見えた。
わりと何でもこなせてしまいそうな彼女であるが、意外と料理は得意ではない。
作りすぎたというのは多分、嘘だ。
というのも、最近の雛森はあまりに露骨だった。
何かと暇を見つけては俺のところにやってくる。
そして明らかに以前と態度が違う。
俺をこえて何かをみているのか、そうでないのか。
それが俺には手に取るようにわかってしまうから、とても厄介なのだ。
「白ちゃん、どう?美味しい?」
ほら今も。
お前の目の前にいる男は、昔の『白ちゃん』じゃないことくらい、お前にもわかっているんだろう?
「ねぇ、白ちゃん…あたしね、…ううん、やっぱり何でもない!ね、今日も、一緒に寝てくれるでしょう?」
雛森は眉を下げたまま無理やり笑顔を作ろうとする。
‘さみしい’
その一言が、言えずにいるのだ。
そうして雛森は、とどめだ、と言わんばかりに最後は決まってこういった。
「白ちゃんは、朝が来たら、いなくなってしまうの?」
俺が首を横に振ると、安心しきって安らかな寝息をたてはじめる。
今の雛森はまるで子どもだ。
不安で、でも絶対的に『誰か』を信じていて
それなのにその『誰か』を試すような行動をする。
それに加えて雛森は、人一倍不器用だ。
だから『寂しい』の一言が言えない。
すやすやと眠る雛森をそっと抱き寄せ、その髪にキスをする。
藍染のことが終わってから、雛森はおかしくなった。
それはまるで、過去に戻ったようで。
現実から、逃げているようにも見えて。
雛森は今、『白ちゃん』といた頃の、暖かな思い出の中で生きている。
俺は雛森の傷が癒えるまで。
何度でも『白ちゃん』を演じる。
End→あとがき