夢小説1

□愛情
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「依理愛ー……好きだ」

 私の背中にベッタリとはりついた彼氏様が言う。

「んー……」

 私は口を開かずにうなるみたいにして返す。

 冷たいって?

 だって……

「依理愛ー……大好き」

「んー」

 ボウルにクリーム状にしたバターに砂糖を入れて混ぜたものに卵を割って入れて泡立て器でよく混ぜ合わせる。

 そこにバニラエッセンス……と。

 あと、少しハチミツを入れると、いかにも家庭で作ったっぽい味になるのだ。

 クッキーは。

 それらを取りに動くと背中にくっついたままのウォルターがずるずると引きずられてついてくる。

 両腕が肩にかかっているので重たい。

「依理愛ー……」

「はいはい」

 『好き』はもうわかったよ。

 クッキーを作り始めてからいきなり背中にしがみついてきて『好き』の連発。

 いくら家に他に誰もいないからって……。

 おいおいだぞ。

「甘い匂い……」

 あ、違った。

「今、バニラエッセンス入れたから……」

 後ろを振り向くけど、赤い髪しか見えない。

 その赤い頭に向かって言う。

「確かに匂いは甘いけど、これ自体はすごく苦いよ」

「ホント?」

 首を傾げるようにして顔を上げたウォルターの黄色っぽい目が見開かれてきょとんとして私を見る。

 私は手に持ってたバニラエッセンスを差し出した。

「ホント。なめてみる?」

「んー……」

 少し身を離したウォルターが、じっと小瓶を見た後、ゆっくりと首を横に振る。

「いいや。今はこうしてたい気分」

 そうしてまた今度は片手を私の腰に回してさらに密着してくる。

 ……うーん。

 なめたら絶対に飛び上がって驚いてその苦さに水を飲もうとして離れてくれるはずだったんだけどな。

 意地悪な気持ちがちょこっとあった。

 っていうか。

 別に嫌じゃないけど、抱きつかれるのはうれしいくらいだけど……ちょっと恥ずかしいけど……でも、お菓子作ってる最中にしがみつかれているのは動きにくいことこの上ないっていうか。

 はっきり言って邪魔。

 そんなことかまわないといったようにウォルターは私の髪に顔をうずめて『んー』とかやってる。

 もうっ、『なんか作って』って言ったのウォルターなのにな。

 困ったな。

「甘えんぼ」

「……うん」

 せいいっぱい首をねじって顔を見て言うと、二マリとした笑みを浮かべてうなずかれる。

 ……う、うーん……。

 自覚アリか。

 私は泡立て器を木ベラに変えて、ボウルの中にあらかじめ計って用意しておいた小麦粉を投入した。

 後はさっくり混ぜて……っと。

「なぁ、依理愛ー……」

「んー?」

「……好きだぜ」

「ん……」

 ……まぁ、いいんだけど。

 腰に回された手がだんだんと上に来ている気がする。

 さっきから目つきがあやしい。

 っていうか、なんでしっかりと人の顔を見ようとしないかな。

 顔合わせらんないのかな。

 恥ずかしいとか?

 うーん……。

 ……っていうか、なんか様子をうかがわれているような……?

 広げたラップの上に生地を乗せてその上にもラップをかけて麺棒で伸ばし、薄く平たくして、冷蔵庫に入れた。

「30分後に型抜きするから、一緒にしようねっ」

 振り返ってはしゃいで言うと、スッと細められた目が、いたずらっこのように笑う時の細められた目が、いつもとは違う甘い輝きを持って私を見つめてくる。

「依理愛……」

 ゆっくりと身を離したウォルターが私の頬に手を当ててくる。

「なんか甘い匂いがする……」

 頬に当たる手がゆっくりとすべる。

「さっきのバニラエッセンス、ついたんじゃねぇ?」

 クスッと笑って、だんだんとその顔を近付けてくる。

 長い赤い前髪のすきまからのぞく目は閉じられて。

 少し開かれた唇が近くに……。

 耳に、息が。

「甘いかどうか、確かめてやるよ」

 ささやいて、頬に唇をつけてきた。

 熱を持った濡れた舌がペロリとくすぐるように頬をなめて。


 私は……。


 思い切りウォルターの足を踏んだ。


「いって!!」



 ……だから、苦いんだってば。




「なんでーっ!? 依理愛ーっ!!」

 だだっこが泣きわめくみたいにして騒ぐウォルターを放って私は台所から離れる。

 ぷんぷんだ。

 私はねー、私はねー。

 ウォルターが食べたいっていうから作ってたんだよ。

 なんか踏みにじられた気分。

 私の気持ちをね。

 まったくっ。

 ソファーに座ってクッションを抱きしめる。

 もう知りませーんっ。

 慌てて追いかけてきて横に立つ彼氏様からプイッと顔を背ける。

 寸前にウォルターの申し訳なさそうな顔は目に入っていた。

「あの、依理愛……俺、本当におまえのことが好きで……俺のためにクッキー作ってくれるってのがうれしくってつい……」

「……」

「ちょ、調子に乗りました、ごめんなさい!!」

「……」

 ぷーい。

 反対側に回るウォルターにまた反対側に顔を向ける。

 絶対に顔を合わさないもん。

 だって多分今顔赤いし。

 恥ずかしかったんだから。

 おろおろとして右に左に回ってウォルターが言う。

「好き!! ホントに好き!! やらしい気持ちとかないから!! いやっ……ちょっとはっ……でもっ! それだけじゃねぇし!! ホントにホントに大好きだから!!」

 私は正面を向いてクッションに顔をうずめる。


 ……そういえば。

 出会った頃を思い出すなぁ。





(つづく)
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