たくさんの好きの形
□だから、俺は、今日も・・・
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悲しくないわけがないのだ。
人が死んで。
悲しむことが許されるか?
自分が殺したのに。
いや、だからといって、悲しくないとか……。
そういう覚悟がありました、とかって話じゃあるまいし、もちろん自分は殺人マシーンじゃないのだし。
悲しむことを誰かに許してくれ、だなんて……。
責任の押し付けなんかするなよ、それならそいつが許せばなんでもいいのか、って話になっちまうし。
いや、悲しむ覚悟があったってんなら、それはまた違った話だよな。
うん。
自分は殺人機械じゃないけれど、『歩く処刑器具』だし。
そう違いはないけれど。
飼われた鴉であることはじゅうぶんに承知している。
だからたまたま……。
だから、たまたま、偶然、いや必然かも、っていうか必然に今なったかも、これが運命ってやつかもな、じゃなきゃ神様のしわざだろう。
俺を苦しめるための。
昨日殺したマフィアの家族……妻と子供……の教会で祈る姿を見ちまうなんてな。
それは黒服の男たちに囲まれてすごくわかりやすかった。
ちょっと見えにくかったけれど。
それでもその頬に伝う涙とか……。
こんな日に教会に寄ったんだ、馬鹿野郎だろう、当たり前のことだ。
運命は自分で決めるもの。
ああそうだろう。
俺は自分で選んでここに来たんだ。
さて、何をしに来たんだっけ、悲しみを味わいに、それとも捨てに?
俺は苦しみたかったのか?
許されるために。
誰が俺を罰してくれるんだろう。
それは……それこそ運命で、自分でこうやって道を選んで己の命を運んでいった先で、待ち受ける結果なのだろうし、それはきっとたまたまみたいに見えるんだろう。
さして意味のある終わり方なんてものには見えないのかもしれない。
そう、昨日、あっさりと俺によって命を絶たれた奴みたいに。
あれだけの悪事を働いて他人をどん底に陥れた奴にしては呆気なかったよな。
でもそんな奴にも、悲しむ家族がいて、仲間がいて、そいつらにはありがたがられていて、必要な存在であって……。
俺はそれを軽く見るつもりはない。
命を軽く見る奴の命は軽い。
そういうことだ。
簡単に『死ね』だの『殺す』だの言う奴の命は軽くて当然だ。
そう、たとえば、昨日の。
自分から命を軽くした結果があれさ。
だからそういう問題じゃない。
ただ、それが自分には重いってことが……
それがこんなに重くて耐えられるのかってことが。
俺は何しに来たんだっけ。
神のひき臼は遅くとも確実だ。
俺は裁かれるだろう。
重たいからといって投げ出せばそれで最後だ。
本当におしまいだ。
何もかも終わる。
俺も。
ふっと笑う。
だから……今日も罪を抱えた処刑人は、祈らずに、祈る人を見ている。
『背信の葬儀屋』としての武器を置いて。
鴉としての赤いコートを脱いで。
幼い時、<赤い髪の悪魔の子>といじめられていた俺は、孤児院で働くシスターに……。
『地獄にも神様は天使をお送りになるのよ』と言われた。
俺がその天使なのだと。
この生きにくい世の中に必要な天使なのだと。
悪魔ではなく。
今の俺を見たら、なんと言うだろうか。
悪魔のような人間を、だからといって、地獄に送りやる俺を。
シスター。
あなたは悲しみますか。
きっと悲しんでくれるでしょうね。
同じように、俺も悲しむことを、人間としてここにいることを。
ただの俺としてここにいることを。
己を捨てないでいることを。
……許されないなら存在なんて。
意味なんて。
それから。
夫を亡くした若い女性と父親を亡くした幼い男の子が祈りから顔を上げる頃。
棺を担いだ赤い髪の男がそっと教会を離れ去っていくのを何人かの町の人が見た。
(おしまい)