夢小説1

□人魚
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「だーかーらっ、俺は言ったんだよ、『ロミジュリ』は嫌だって。おんなじ寝てんなら『眠り姫』とか『白雪姫』とかでいーじゃん。アレは目覚めるしっ」

 イライラと吐き出してポテトを口に運ぶ彼氏様。

「えー……あれも一応目覚めるじゃん。その後死んじゃうけど……」

「そこだ!!」

 目をつり上げてビシィッと指を突き付けてくる。

 『どこだ!?』……なんて言わないけど。

 学園祭でウォルターのクラスは劇をやることに決まったらしいんだけど、その劇の候補にあげられた作品がそうとう気に入らないらしい。

 ……まぁ、わかるけど。

 怖いくらいの真顔をテーブル越しにずいと近付けてくる。

「アレ嫌だ。なんで死んじゃうわけ? ってかあのミスはねぇだろ。アレでああなってああなるのが嫌なわけ。だってマヌケだろ、なんか」

 あーもう……。

「ロマンがわかってないなぁ……。女の子なら誰でもあこがれるお話だよ。一目で恋に落ちて、でも親が敵同士で、それでも結ばれようとして、叶わない悲劇って」

「……」

 ウォルターが死んだ魚のような目をしてぷいっと横を向く。

 うーわー……。

 どうやら私の発言は彼氏様を呆れさせてしまったらしい。

 ……っていうか、ちょっと怒らせた?

 重たい音をさせて椅子に背中を当てて、ムスッとして口をとがらす。

「とにかく、だったら俺は絶対に主役はやらねぇって言ったの。ダリぃし! それくらいだったら漫才でもやった方がマシだ」

「えっ、ウォルターが漫才? 私、見たい!!」

「依理愛ー……」

 ウォルターがテーブルに突っ伏して頭を抱える。

「ちょおっと、危ないよー」

 私は慌ててひょいとハンバーガーとかが乗ったトレイを持ち上げる。

 そして自分の前に置いた。

 ふたりでひとつのトレイには、飲み物ふたつとハンバーガー、それにポテトの大きいサイズが乗ってる。

「でもさー……王子様だとカボチャパンツとかじゃないの? それもけっこー笑えるよ?」

 顔にかぶさった長い赤い前髪の隙間から、黄色っぽい目が現れて、ジトッと私をにらむ。

「女は残酷なことを言う……」

「ぷっ」

 私は思わずふき出した。

「あははっ……だって、そうでしょ? 衣装、カボチャパンツに白タイツとかでしょ? 想像するとおかしいよー!」

「想像すんな!」

 またウォルターが憤然として顔を背けた。

「……ぜっ……たい、ヤだ。変えてもらう。そんなもの死んでも穿かねぇ」

「ウォルター死んだら穿かせちゃおうかな」

「依理愛!! さっきからヒドくねぇ!? 俺のことからかってる!? ……ってかなんか、怒ってる?」

「……うーん」

 おっ、気づきましたかー。

 うん、さすがに鈍くてもわかるよね、こう露骨だと。

 でも、一応、にっこり。

「そんなことないよー」

「いーやっ、嘘だね。怒ってる。なんか機嫌悪い。普段おまえそんなこと言わねぇもん。なに? さっきの劇をバカにしたこと?」

 起き上がって、私を見て、首を傾げてみせる。

 ぶっぶー。ハズレ。違いまーす。

 でもすぐには教えてあげない。

 私はにこにこ笑って言う。

 今日はちょっと意地悪な気分なんだ。

「私のところはね、メイド喫茶っぽいのやるんだ。メイド服着て『お帰りなさいませ、御主人様』ってやるの。見に来てね!」

「嫌だ」

 きっぱりと言って、口をへの字に曲げる彼氏様。

 イライラとして髪をかきあげて、ぶんぶんと首を横に振って。

「ダメだ、ダメダメ、絶対ダメ!! 依理愛がメイド服なんか着て他のヤツに『ご主人様』って言うなんて絶対にダメ!! 反対!! 俺は許さねぇよ。断れよ。裏方に回れ」

「……ふーん」

 私はちょっと口をとがらせて見せる。

「自分は他の女の子の王子様やるくせにー?」

「え……」

 とたんに怯むウォルター。

 わかってるけどね、押しつけられたってことは。

 得意の『ダリぃ』も効かなかったんでしょ。

 私はカップを持ってストローで中の氷をかき回す。

 ぐしゃぐしゃぐしゃ。

 ウォルター、華があるもんね。

 みんなから頼まれれば断れないもんね。

 でもね。

 私はジュースを一口飲んで、カップを置いて、頬杖をついてウォルターに笑いかけた。

「ねぇ、じゃあ、『水の妖精』の話はどう?」

「は? ……『水の妖精』? 何それ」

 突然の言葉に聞き返してくるウォルター。

 私は澄まして答えた。

「だから劇だよ。『水の妖精』って話、知らない? ある男の人がね、愛する女性と結婚するために決まりがあって森に入るんだけど、そこで出逢った水の妖精に恋しちゃうの。男の人はその妖精を連れて森から戻るんだけど、色々あって妖精は仲間に自分の国に連れ戻されちゃうんだ。でも、その際に男の人と約束するの。『自分以外の女の人と絶対に結婚しない』って。でも、男の人はすぐにもともと愛してた女の人と結婚しちゃうのね。それで、妖精との約束を破ったから、水の妖精が迎えに来て、男の人を連れてっちゃうの、自分の世界に。それで永遠に一緒に暮らすんだよ。ふたりで……」

「はー」

 ウォルターがぽかんとしてる。

「よく知ってんな、おまえ、そんな話。で、なんでそれがいいわけ?」

 またポテトを取って口に運びながら言う。

「こらっ、ポテトばっか食べて! 体に悪いよ」

「悪い」

 ちょっと怒ったフリして言うと、すぐに謝って、置きっ放しだったハンバーガーに手をのばす。

 冷たくなったハンバーガーにかぶりつく彼氏様を眺めながら私は話した。

「いい話じゃない? 切なくて。なんかさー、ずーっとふたり一緒っていうかさ、もう離れらんないわけじゃん? 自分のものにしちゃうっていうか……」

「へえー……」

 飲み物のカップに手をのばしながら目を見開いてウォルターが言う。

「女はそういうのが好きなのか……」

「っていうか、ね」

 私は笑顔を消して、ギロリと彼氏様をにらみつけ、ムスッとして言う。

「女の子だって嫉妬するんだよ? 他の女の子の王子様役なんて絶対にやっちゃヤだーっ! ダメーッ!!」

「えっ……」

 ストンとウォルターの手からカップが落ちる。

「ええええええっ」

 ガションッ。

 カップのフタが外れてわずかながらも水と氷がこぼれ出す。

「わっ、ウォルター!!」

「あ、悪い、依理愛!!」

 向かいでペーパーで必死にテーブルを拭くウォルターを手伝いながら、その顔を見て、私は『王子様役やめてくれるかな……』と願っていた。





(おしまい)

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