夢小説2

□あなたのそばに
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 世界は終わるらしいです。

 何かすんごいもんが空から落っこちてきちゃって。

 真っ白に燃え尽きちゃうそうです。

 何もかもなくなるらしいのです。

 残された時間はあとほんのわずか。

 ……さて、あなたならどうしますか?

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 教室の中、バジル君の机の前にしゃがみこんで、座っているバジル君の顔を見上げ、興味津々、首を傾げてそう訊ねた。

「あ? ……別にどうもしねぇよ」

 『ハッ』と軽く笑ってバジル君は返した。

 いかにも馬鹿げたことを聞かされたといったふうに。

 興味なさそうにあっさりとあたしから目を逸らして。

「くだらねぇ」

 ボソリと吐いて。

 うーん、バジル君てホント、真面目だよねぇ。

 別にいーじゃん、こういうくだらない話したって、なんの意味もなくたって。

 こういう質問ができることが平和の証なんですよ。

 あたしは唇をとがらせる。

「女の子の大好きな『if話』だよ。乗ってよォ、バジル君。お話しようよ」

 『ねえねえ』とせがむ。

 バジル君は無言で次の授業の教科書を机の中から取り出して筆記用具の準備をしている。

 あー、あたしもそろそろ自分の教室に戻んなくちゃだなァー。

 チェッ。

 つまんないですよ。

 好きな人にこいういうこと訊きたいのは答えを期待しちゃってるから。

 バジル君が『おまえと一緒にいたい』とか言ってくれたら。

 きゃあぁぁぁんッ。

 なーんて。

 ……ありえなぁぁぁい。

 我ながらキショい想像ですよ。

 言われたらそれはそれで嫌なんですが。

 そんなこと言うバジル君はバジル君じゃないから。

 まァ、だから、たんに暇を持て余しとるわけですよ。

 それだけのことなんです。

 ……悔しくなんてないからねーだッ!

「マイ。おまえはどうなんだ?」

 おや?

 急にどうしたのかなッ?

 ……と、思ったら、バジル君もう次の授業の準備を終えちゃって、やることがなくなったから、あたしを避けようがなくなっただけだった。

「そーだねェ……」

 んー、と唇に人差し指を当てて、首を傾げる。

 目はどこでもない空をさまよって。

 んー、んー、んー……。

 ……考えるまでもなく決まっちゃっているんですが。

 ただ、あたしは、バジル君の答えが聞きたかっただけでェ。

 自分から言うのはナシなんです。

 だから別の答えを。

 なんにしよっかなァ。

 ぶっちゃけ、ここであたしが『バジル君と一緒にいたいですッ』なんて本当のところを言ったところで、いつものように『キモい』と言われることがオチで。

 それはわかっちゃってるんで。

 面白くないんで……。

 あたしはしばらく考えて考えて答えを出した。

「……そうだな。なんとなくだけど、アンディ君のところに行くかな。あのコ、何すっかわかんないじゃん。面白そう。興味あるっていうかァ」

 これは間違いなく本当のこと。

 バジル君の傍にいられなかったら、アンディ君が何やらかすのか見てみたい。

 やらかすかっていうか、まァ、何を選ぶのか?

 同じように本人に訊けばそれでいいじゃんってカンジだけど、アンディ君は絶対に口に出さないでとんでもないことをしそうだから?

 実際にそんなことになったらあたしはどうせどっちもしないんだけどね。

 世界が終わるなら、それどころじゃなくて、パニックになっちゃうとか、何もできないか、それとも、何もする気にならないか。

 あたしはきっとそうですよ。

 ……おっと、バジル君が最低まで目を細めて、眉間に皺を寄せて、威嚇するように歯を剥き出して、険しい顔をしていまいましげにあたしをにらみつけている。

「アイツの名前を出すな」

「ごめんなさぁ〜い……」

 しょんぼり。

 ホント、バジル君てアンディ君にこだわるよねッ!

 あたしが名前を言うことも気に入らないなんてねッ!!

 ものすごい執着ですな。

 バジル君はしばらくあたしを不機嫌そうににらんでいたけど、やがてふっとあきらめのため息のようなものを吐き、呆れ顔であたしに言った。

「……で、マイ。てめぇは、そのままアイツと死ぬのか?」

「は?」

 えーっとォ……。

 そうか、最期の瞬間まで見ていたら、そういうことになるな。

 一緒にいるってことだもん。

 ……ん?

 あたしはぶんぶんと首を横に振る。

「ない! ないない!! それはないっ!!」

 アンディ君と心中みたいな言われ方は嫌ですよ。

 いや、それを言ったら、みんな死んじゃうんだから、ふたりでってことにはならないけど。

 でも、よく考えてみると、あたしの言ったことってェ……。

「マイ、浮気はしないよ? バジル君一筋です! 死ぬ時はバジル君の傍がいいです!!」

 ……あ、言っちゃった。

 バジル君が目をすがめて片方の唇の端をつり上げて『ふん』と笑う。

 嘲笑された。

「……別に、いいだろ。どうせ死ぬんだし。誰と一緒にいたって同じじゃねぇか。一瞬後には何もなくなるんだろ? その話」

 興味なさそうに顔を背けてボソリと言う。

 あたしは自然と真面目な顔になり、そんなバジル君をじっと見た。

 ……なんだろ、皮肉げというより、なんか淋しげだなァ。

 そういうことは言っちゃいけないと思うから口には出さないけど。

 バジル君、つまんなさそう。

「一蓮托生って知ってる?」

「あ?」

 ぽつりと言うと、振り向いたバジル君が怪訝な顔をする。

「同じ蓮華の上に生まれること」

「……運命を共にすることだろ」

「まァ、そうなんですが」

 それもそうなんですが、それも言いたいんですが、だけじゃないんだよね。

「中国かどっかの国では、死んだ人の後を追ってすぐ死ぬと、同じ蓮の上に生まれることができるんだって。死後にね。それで、そのふたりが生まれ変わる時に、その人たちは双子になるらしいよ。双子ってさ、離れていても、つながってるみたいなこと言うじゃん」

 ぽかんとして聞いていたバジル君の眉がだんだんと下がる。

「……何が言いたいんだ、マイ?」

「うん、あのね、だからね……」

 そうやってすぐ近くにいて一緒に死ねばバジル君はひとりじゃないかもよ。

 淋しくないかもよ。

 ……なーんて言ったら、嫌がられるよねッ☆

 ぷーんだ。

 決定ですよ。

 だから言わないけどー。

「……本当にみんな一緒に死んじゃったら、あの世は大混雑で、生まれ変わったらみーんな双子、いや三つ子、いやいやそれどころじゃー……」

 あたしは代わりに冗談でごまかした。

 バジル君が呆れ顔をする。

 うんざりとして言う。

「……てめぇがバカなのはわかった。いやわかってる。わかってた。もうじゅうぶんだ。それ以上言うな、バカマイ。だいたいてめぇが変な話するから……」

 キーンコーンカーンコーン……。

 バジル君の言葉をチャイムが遮る。

 あたしはさっと立ち上がった。

「じゃ、行くねッ!」

「遅刻じゃねぇか!!」

「次の授業、先生来んの遅いから、だーいじょーぶッ!」

 あたしははずんだ声で言って身を翻した。

 心配してくれちゃってバジル君やさしーなってか、たんにイラッとしてるだけだろうけど、そういう学級委員長的なとこ好きですよ。

「おい、ちょっと待て、マイ」

 なんだか投げつけるようにバジル君が呼ぶ。

 振り返ると、バジル君がなんだか眉をひそめ、大きな目を細めて、真剣な顔をしている。

 何か考え込むみたいな、困っているみたいな、そんなカンジで。

 物言いたげにあたしをじっと見つめて。

 それからふっと息を吐いた。

 体の力を抜いて。

 顔からも深刻さが抜けて、少し明るくなる。

 そしていつものように皮肉げに唇をつり上げて笑って言った。

「バカは死んでも治らねぇって言うぞ。大変だな。マイと一緒に生まれるヤツは」

「……」

 ただ聞くとそれはそれだけなんですが。

 バジル君……。

 今までの会話からすると。

 それは。

 その言葉は……。

 あたしは満面笑顔でこっくんと深くうなずいた。

「うんッ!!」



 ……決めた。

 世界が終わるならやっぱり、あたしはバジル君の傍にいよう。

 がんばって一緒にいられるようにしよう。





(おしまい)

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