Novel

□Darling, please stay you.
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『良心がある今のうちに言っとく。もし俺が今の俺から豹変するような事があったら、迷わず俺を捨てて逃げるんだ』

真っ直ぐに、強く。

私にそう言い聞かせる貴方はまるで

訳も解らぬ幼子に真理を教え諭そうとする、哀しい哲学者のようでした。





arling,leasetayou.





バチン!!

乾いた音と共に、私の左頬に強烈な痛みが走った。

「っ・・・」

口の中に血の味が広がる。
平手打ちをくらった衝撃で口内を切ったのだろう。
もしくは、一度塞がった傷がまた開いたか。

『ホラ、早くしろよ!トロくせぇんだよお前!!』

彼の罵声が傷に響く。
私を見下ろすその視線は冷たく、声には怒気ばかりが目立った。

「・・・ごめんなさい・・・」

まだジンジンと痛む頬を押さえ、私は弱々しく立ち上がった。





愛してると最後に言い合ったのは、一体何年前だろう。

優しい優しい彼だった。
その優しさに甘えて、無理をさせたのは私かもしれなかった。

彼は身体が大きい。
私は身体が小さい。

その質量差は、いとも容易く暴力と服従の関係を作り上げる。

『・・・おい、俺のカーペットにシミ付けんなよ』

私の口の端に滲む血に気付き、彼が言った。
昔は私が少し指を切っただけで、あんなに狼狽えていたのにね。

もう何年も前から、心配などという感情はカケラも見受けられない。

でもそれでいいの。
私は、大丈夫。

正直、何度も彼から逃げようと試みたことはあった。
でもその度に見つかって、連れ戻されて。
また殴られるかと思ったけど、彼、泣きながら謝るの。
土下座だってするの。
今はこんなに偉そうに、私に暴力を振るう彼が・・・

嗚呼、愛おしい。

何に怯えているの?
そんなに怖いの?
私が。

大丈夫
私が、貴方を愛してあげる。
ね、だから

「泣かないで・・・?」

彼はハッとしたように、自らの濡れた目尻を拭った。
そして再び私に向き直り、

『偉そうなこと言ってんじゃねぇ!!』

平手が一つ飛ぶ。
その大きな手が・・・
昔私の頭を優しく撫で、私の頬を暖かく包み込んだその手が。

今は凶器でしかない。

乾いた音が響き、脳が揺れる。
強すぎるエネルギーを受け止め切れず、私はバランスを崩して倒れた。
そこには、幸か不幸か机の角。

鈍い音が骨を震わせた。
後頭部のその部分に痛みは弱く、ただ左頬が鋭く痛かった。

顔を上げれば、彼の顔。
冷めた瞳。
薄れゆく意識の中で、その頬に涙が伝わないようにとただ祈った。

大丈夫。

あいしてる。

だから

なかないで・・・





End.

 

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