Novel
□椿の花の咲く道で
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繋いだ掌が、同じ温度になる。
冷え症でいつも手が冷たいお前と、代謝が良いのかいつも手が温かい俺。
熱を与え、熱を奪い。
同じ温度になるこの瞬間が、何故かとても心地良い。
椿の花の咲く道で
季節は春の一歩手前。
春の予感を孕む暖かな陽射しと、冬の名残を感じる冷たい空気が、散歩するのに丁度いい温度を作り出している。
『ねーぇ』
繋いだ手をちょんちょんと引っ張られ、俺は隣の彼女に目をやった。
少し上目遣いのその顔は、真っ直ぐに俺を見ている。
『運命って、信じる?』
運命・・・
その瞳の真っ直ぐさに、「急に何だ?」と尋ねることすらはばかられた。
まったく、オンナってのはたまにこうして浪漫主義的思考を求めてくるから困る。
「・・・信じるよ」
これが妥当な答えだろうと思った、のに。
『そう。あたしは、信じない。』
信じねーのかよ!
「お前・・・普通そこは『信じる』って言うもんじゃねぇ?仮にも俺ら恋人同士なわけだしさ、『二人が出逢ったのは運命』とか思わねーの?」
『だってキモチ悪いじゃない。見知らぬカミサマがあたしたちの未来を、誰と出会って何を思ってどう動く、とか全部決めている、なんて』
よく解らない理屈を並べる・・・
「カミサマなんて居ねぇよ」
『そうなの?じゃあ誰が運命を決めるの?』
「誰かが決めてるんじゃなくてさ、何かこう・・・でかい力が働いてだな・・・何つーか・・・えーと・・・」
『あははっ!なーに、結局解んないんじゃない』
彼女は笑いながら繋いでいた手から離れ、歩道に沿った植木に駆け寄った。
その小さな手に濃いピンク色の花を一つ拾い、俺に見せる。
『つばき』
「・・・椿だな」
『可愛いね』
「可愛いな」
本当に思ってる?
そう尋ねながら上目遣いで見られるとちょっと弱い。
俺は視線を何処となくずらしながら、思ってるよ、と返した。
『ふふっ、じゃあいい』
上から目線。
俺の方が年上なのに、振り回されてる感・・・
『はい』
彼女はその椿を両手で捧げ持ち、俺に差し出した。
「・・・何」
『あげる』
「要らね」
『あっそ、じゃああたしも要らないんだ』
そんなこと言ってねーし!
「あー解った解った、要るよ!欲しい!」
嗚呼、こんなことで焦ってる自分が情けない・・・
けど、その言葉を聞いた後の彼女の笑顔には負ける。
惚れたもん負けだよ。
『はい!』
「・・・ありがとう」
『どーいたしまして!』
彼女が笑う。
俺もつられて笑う。
右手には貰った椿の花、左手には彼女。
両手に花か。
なんてな。
ゆっくりと、生温い東風が吹き抜ける。
季節は春の一歩手前。
『ねーぇ』
「んー?」
『椿の花言葉って、知ってる?』
「知らね。何?」
『ふふっ』
「教えろよー」
『あはは!』
彼女は楽しそうに笑い声を上げ、俺の左腕に抱き着いた。
そのまま腕を引っ張って自分の口元に俺の耳を寄せ、手を添えて一言。
『 』
耳まで真っ赤になる俺を見て、彼女はまた明るく笑った。
つられて俺も笑った。
やっぱ駄目だ。
敵わねぇ。
『椿の花言葉はね』
今も耳に残る、君の声と微かな吐息。
その花言葉が真実なら、きっと君を幸せにすると誓うよ。
『我が運命は君のもの』
End.