Novel

□brilliant
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キラキラ
キラキラ

光る街は四角い車窓から流れ去る。

目的地が少しずつ近づく度、
比例して大きくなる鼓動を感じていた。



2006年8月19日
貴方と初めて逢った日。





brilliant





都会の夏は暑い。

無機質なビルやアスファルトに反射する光、自動車と人間の密度に篭る熱。
南風すら吹きやしない。

「すいません、駅はどっちの方向ですか?」

『ああ、ちょうど私も行くところだから一緒に行きましょうか。こっちですよ』

小さな偶然や誰かの親切に導かれ、私の運命の旅は静かに幕を開けた。





きっかけは数ヵ月前。
私の贔屓のアーティストが、夏にイベントを行うと発表した。
会場は、今の私にとっては遠すぎる場所。
今までイベントやライブに参加した経験が無いこともあり、今回も無理だなと諦めていた、はずだった。

なのに。

「あの、名古屋までの切符が欲しいんですけど」

『はい、少々お待ちくださいませ』

足元に下ろしたスポーツバッグの中には、1泊分の荷物。
肩にかけた白いトートには、イベントのチケット。

何故、と尋ねられたら今でも答えに困ってしまう。
何故だろう。
どうしても、貴方に逢いに行かなきゃいけない気がしていたの。



チラチラと時計を見ながら、新幹線の時刻表を思い起こす。
事務処理ってどうしてこんなに遅いんだろう。
これに遅れたら困るのに、向こうで私を待ってる人が居るから。

『お待たせ致しました、良い旅を』

やっと手にした切符をピンクのシャツの胸ポケットに入れて、お気に入りのスカートをなびかせて人目も気にせず走った。
そのおかげで何とか予定の新幹線に乗り込むことができ、とりあえず一息。
残念ながら自由席は満席で、駆け込み乗車まがいのことをした私は当然のように目的地まで立ちっぱなしで居ることを余儀なくされたけれど。

こんなことならサンダルじゃない方が良かったかな。
でもこっちの方が絶対可愛いから、仕方ない。

息を整えながら携帯電話を取り出し、新幹線に無事乗車した旨をメールで伝えると、歓喜に満ちた返信が。

なんだか夢みたい。
貴方と本当に逢うことが出来る、なんて。

夏の都会はやたらと眩しく、さながら清流の水面に踊る太陽のようだった。
キラキラ光る街は車窓を流れ、一瞬の輝きを私の瞳に刻み込む。

貴方と出逢ったのは、二人の唯一の共通点と言ってもいい場所だった。
メールと電話しかしたことの無い、希薄で危ういこの関係が、一体何を以てそんな感情を私の中に呼び起こしたのだろう。

たとえ少しくらい無理したって、誰かに嘘をついたって、行かなければいけない気がしていたの。

不思議ね。





車内に目的地が近づくアナウンスが流れた。

耳元で高鳴るような鼓動と体温の上昇を抑えながら、鏡を見つめて最終チェック。
ああもう、化粧崩れちゃってるし、汗もなんとかしないと。
女の子って面倒。
だけど、やっぱり可愛くないよりは可愛い方が良いじゃない。

『可愛い』って言われたいじゃない。

ねぇ
そうでしょう?





新幹線が到着し、下車する人ごみに巻き込まれながら約束の場所に向かう。
方向音痴のくせに、いっちょ前に地図とにらめっこする私。
あっちじゃない、こっちじゃない、また戻って繰り返してやっと約束の場所へ辿り着いた時、貴方はそこには居なかった。

『え、もう着いたの!?分かった、今行く』

思わずかけた電話の向こうで慌てる、何とも悠長な人。
あれほど高鳴っていた鼓動もおさまり、不意に笑いが込み上げた。

でも、すぐに来るんだって。
手鏡を取り出してもう一度チェックして、『その時』に備えた。
一分一秒がとてつもなく長い。
何度でも心音が大きく、そして速くなった。

キョロキョロと辺りを見回してみるけど見つからず。
一度携帯電話に目を落とし、再び顔を上げる。

と、

同じく周りに視線をやりながら近づいて来る貴方が居た。

見つけたと思った瞬間、その顔から目が離せない。
今にも泣き出してしまいそうな気持ちが溢れてくるの。
何故?

私と目が合い、その存在に気付いた貴方と初めて見つめ合った。
澄んだ貴方の目に、私は一体どう映ったのだろう。

『はじめまして』

そう言ってニコッと笑う顔を見て。

「・・・はじめまして」

私も、はにかみながら同じように返した。

キラキラと輝く明るい夏の街で、私と貴方が今出逢う。

ああ
私はきっと、今までずっと、
貴方を探していた。





End.

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