Novel
□茜
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もしも私が鮮やかな夕焼けであったなら、
君達はきっとそこに浮かび揺湯う雲の一群だっただろう。
茜
燦々と輝いていた太陽が傾き、町並みを紅に燃やす頃。
「ただいまー」
『おかえり』
休日を利用して友人たちと会っていた私は、軽い足取りで帰宅した。
玄関でお気に入りのラウンドトゥのパンプスを脱いでいると、隣に脱ぎ散らかされた男物のサンダルが目に入る。
もう、また脱ぎっぱなしにして。
自分のパンプスとそのサンダルを揃え、テレビの音が漏れているリビングへと向かう。
少し建て付けの悪くなった扉を軋ませながら開けると、まず彼の抱擁に出迎えられた。
『おかえり。頼まれてた買い物してきたよ』
「ありがとう。でも脱いだ靴はちゃんと揃えてくれるともっとありがたいかも」
『・・・・・』
「・・・・・」
『今日も可愛いね』
「はぐらかさないでよ」
『でも嬉しいんでしょ?』
「・・・知ーらないっ」
ちょっぴり気分を害したように踵を返すと、左手に提げていた白い紙袋がガサッと音を立てた。
あぁ、そうだ。
「これ、香織の新婚旅行のお土産だって。勝手に食べていいから」
『えー、何なに?』
香織の旦那さんはウチの人と同じ会社の同期で、夫婦共に仲が良い。
だからこの人は、こんなにも目を輝かせて包みを開けるのだろう。
「・・・私より食べ物が大事なのね。あーあ、結婚して1年も経つとみんなこうなるモンなの?」
『何言ってんの、お前のことはちゃんと愛してるよ』
「じゃあ何故手を止めないのよ」
『好奇心だよ、好奇心・・・ん?』
「ふふ」
ほら、その顔。
貴方の理解の範疇を越えた、って顔が好き。
力じゃ優位に立てないから、私は頭脳で貴方の上を行くの。
多分、それで均衡ってものが成り立っているんだと思う。
『・・・マグカップじゃん』
「あはは!引っ掛かったー!私を蔑ろにした罰よ、それはちょっとお高いブランドのペアマグカップだもん」
『知ってたのかよー!』
「勿論」
『このやろー!』
「あはは、ちょ、くすぐったいー!」
取っ組み合ってくすぐり合って、最後に私が負けてしまうのはいつものこと。
降参、降参と息も切れ切れに言うと、得意げにニカッと笑う貴方。
ちょっと、悔しい。
『あ、すげー夕焼け。綺麗だなー』
ふと窓の外の色に気付いた貴方が、私の両手を捕まえたまま言う。
そっちに気を取られているうちに逃れようともがくけれど、その試みは結局失敗に終わり、諦めて体を捩りながら窓を見た。
こういうところは本当に意地が悪い。
「このSめ・・・」
『ん?何か言った?』
「あ、ううん。夕焼け綺麗だなーって言っただけ」
『だよなー・・・』
「・・・苺みたいな色だよね」
『は?』
また、『俺の理解を越えました』とでも言いたそうな顔。
でも、こういう会話の流れでのこの顔は嫌。
『・・・お前、たまによく分からんセンスだよな・・・』
「失礼な・・・」
『あの夕焼けは苺じゃねーだろ。むしろ蜜柑みたいな』
「変わんないじゃん!」
と言った途端、今までずっと静かだった部屋の片隅のベビーベッドから泣き声がし始めた。
「あーあー、よしよし。泣いちゃったね〜。いい子いい子。もう、貴方のせいよ」
『いや、お前がつっこんだからだろ・・・』
「あ、そうだった?」
ピンポーン
次はインターホン?
何だか慌ただしい・・・
「あ!」
『え、何?』
「今日、お義父さんとお義母さんがいらっしゃるんだった・・・」
『俺聞いてねーよ!』
「大きな声出さないでよ、ユミが泣いちゃうじゃない。ほら、早くお出迎えして」
ピンポーン
ピンポーン
『一回押せば分かるっつーの!』
「うあぁぁぁん」
『今晩はー。あら、ユミちゃん泣いてるじゃない!』
玄関先で繰り広げられる親子の会話。
リビングに響く、体が張り裂けんばかりの泣き声。
「ふふ、今夜は賑やかねー。ほら、よしよし・・・良い子ね」
我が子を抱き上げてあやしながらテーブルに近づくと、その上に置かれた自分宛の郵便物を見つけた。
遠くの友人からの、暑中見舞いだった。
仲よさ気な友人二人の写真と、その下に書かれた素敵なメッセージ。
幸せを願うのはお互い様よ。
さぁ、そろそろ晩ご飯の支度をしなくっちゃ。
End.