Novel
□君死に給ふこと勿れ
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『この世ひとりの君ならで
ああまた誰をたのむべき
君死にたまふことなかれ』
君死に給ふこと勿れ
-キミシニタモウコトナカレ-
この世界中に掃いて捨てても余りあるほど存在する戦場の中に、君の死に相応しい場所など在りはしない。
「・・・いつもの冗談なんでしょ?」
まさかそんな日が来るなんて夢にも思っていなかったから、不覚にも震える声でそう尋ねたのに。
『本当だよ』
君は首を横に振って、はっきりと答えた。
疑う余地も無い。
聞き違いの可能性は皆無だった。
一見平和で何の問題も抱えていなさそうなこの国は今、隣の国と戦争をしている。
そんな事実、ともすれば忘れてしまいそうな日々の中で、最近の君はこの国の戦況に敏感だった。
実際の戦闘地帯は隣国なので、こちらの国に存在する情報は極めて少ない。
それでも新聞や書籍を読み漁り、ニュース番組を観てはどんな細かい情報も見落とすまいと真剣だった。
『あ、晶(しょう)、見て』
「なに?」
『ここ』
ニュース番組を観る機会が増え、私も色々な現実を知り始めた頃のこと。
君が指差す画面に映し出された映像は、この国の影の部分と言ってもいいほどの凄惨な事件の現場。
貧民街(スラム)だった。
「スラムね」
『うん。やっぱりスラムは事件が多い』
「そりゃあ、低所得者やホームレスの群れる場所だもの。生きる為には泥棒も殺人も仕方ないと思っているんじゃないの?」
スラムに事件は付き物だ。
寧ろ切っても切れない関係であろう。
この世界で生きてゆくには金か、それに値するものが必要だが、過去に財政破綻寸前まで追い込まれたこの国は、その時弱いものを全て切り捨ててしまったらしい。
逆進税の増加、生活保護・障害者支援の廃止等々・・・
その結果、家を失い財産や家族をも失った人々が集まり作り出したコミュニティが、この国の影・無法地帯スラム。
そう、現代社会の教科書から学んだ。
でも私たちには直接関係の無いことでもある。
道を歩けばスラムの人間であろう小汚い子どもが時たま物乞いをしているが、私たちは物を乞う側ではなく乞われる側なのだ。
『そうだね・・・』
そう呟き君は黙り込んだ。
黙ったまま、その瞳は真っ直ぐに画面の向こう側を見つめていた。
あの時の君が何を考えていたのか、私には知る術も無い。