淡雪と月光

□拾肆,山南
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洸視点



昼間の一件があったその夜。



自室で寝ていた私は、微かに聞こえてきた物音で起きた。

寝ていたかったけれど…本来眠りは浅い方だから仕方ない。
様子を見に行こう。

物音はどうやら大広間からしているようだ。

万が一、と思って念の為千鶴ちゃんの部屋に繋がる襖をそっと開けた。


『…いない。』


部屋はもぬけの殻で。
いつもだったら気付くのに…と自分を責めるしかなかった。


私は、足音を立てないように大広間へ向かった。




******************************




大広間に入ると、私の最悪な予想が現実になっていた。


『山南さん…』


山南さんが"薬"を飲んでいたのだ。
傍では千鶴ちゃんが呆然として立っている。


「うっ…ううっ…!」


山南さんの髪が、呻き声と共に特徴的な白色になっていく。

と、山南さんは千鶴ちゃんに襲いかかろうとした。


『っ、千鶴ちゃん危ない!』


私は山南さんを後ろから思い切り羽交い締めにした。
当然山南さんは暴れだす。以前だったら余裕で押さえつけておけたけど…変若水を飲むとそうはいかないらしい。まさに手一杯だった。

幸い千鶴ちゃんはその間に私の後ろに回ってくれた。


『千鶴ちゃん、大丈夫?』

「は、はい……山南さんが、父様の…」


…そうか、すでに"薬"の正体を知ってしまったのか。千鶴ちゃんは。

その時、山南さんに強く足を蹴られて手を解いてしまった。


「大丈夫ですか!?洸さん!」

『ええ。…山南さん。』

「山南さん。」


私と千鶴ちゃんに名を呼ばれた山南さんは突然呻き声を上げる。


「ぐあ…ぁ…!」


苦悶の声を上げながらも、山南さんの
瞳には無くなっていたはずの小さな理性の光が灯っていた。


「…獅子藤君…」


山南さんは、さっきは私の存在に気付いていなかったらしい。声をかけてきた。


「ああそういえば…君は"薬"の正体を…知っていたんですね…」

『…そうですよ。』


解りきった事を言われ、私は曖昧な表情で答える。
次の瞬間、山南さんは再び苦痛の表情になる。


「山南さん!」


千鶴ちゃんがそう呼びかけるも、山南さんは答えずに私を見る。


「…獅子藤君、」


再度私の名を呼んだ山南さんはまた何か決意したような顔だった。

思い浮かぶ事は一つしかない。


「…今の内に…私を殺しなさい。」


『(ああ…やっぱり。)』

「……え?」


私とは対照的に、千鶴ちゃんは呆然としたように声を漏らした。

千鶴ちゃんを見ずに、私は話を続ける。


「…実験は失敗したんですか?」


その言葉に山南さんは僅かながら頷く。無言の肯定だった。

恐らくもう理性がどれくらいもってくれるかも分からないんだろう。


「たまたま来ただけの君に…損な役回りをさせて…申し訳ないですね…」

『いえ、来た時から何となく予想はしていましたから。』

「洸さん…」


私の言葉を聞いた千鶴ちゃんの目は、殺さないで、と訴えていた。

大丈夫だよ、私はこの人を殺さないから。そういう意味を込めて千鶴ちゃんに笑顔を見せる。


『千鶴ちゃん。下がってて。』


千鶴ちゃんは素直に私の後ろに隠れてくれた。
その時、山南さんがまるで千鶴ちゃんを狙ったかのように動いた。
咄嗟の事に反応が遅れ、千鶴ちゃんの身代わりになるように動く事しか出来なかった。

お陰で強く首を絞められる。


『あっ…がはっ…』

「洸さん!!」


山南さんをみやると、先程まで瞳に宿っていた理性の光はもう殆どなかった。
千鶴ちゃんは必死に私と山南さんの名を呼び続けている。


『(…仕方ない。)』


千鶴ちゃんの前であまりこういう事したくなかったけれど、背に腹は変えられない。
私は山南さんの腹をある程度手加減しながら殴った。

瞬間、山南さんの瞳に光が戻った。
今の状況が分かったのか、山南さんは私を急き立ててくる。


「……殺…し……な…い」

『(…どうする。)』

「……は…や、く………」


その時、広間の障子戸が開いた。




〜洸視点了〜
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