淡雪と月光

□拾漆,先生
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慶応元年 閏五月




今日の屯所は何時にも増して慌ただしい。

理由ははっきりしている。
今日は新選組の健康診断の日だからだ。
偶然にも、近藤さんがとある先生と親しくなって、今回の事が実現したらしい。健康診断は私が入隊してからは一度も無かったから…何時ぶりなのだろうか。


ただ、私は実際は女だから勿論皆と共に健康診断を受ける事は出来ない。当たり前だ。
だから“事前に受けた”って事にして、今日はその先生の手伝いに回っている。


『松本先生、足りない物はありますか?』

「いや、大丈夫だ。いやぁ、手伝いが居てくれると助かるよ。」

『何せ人数多い上に…この衛生状況ですからね。』

「あはっはっ、的確だな、君の発言は。」


今の新選組の人数が前に比べて多くなった事は前も確認した。
けど、それ以上に問題なのは屯所の衛生状況だ。

新選組の屯所は、率直に言ってしまうと汚い部類に入る。
こればかりは私だけの手に負える問題ではない。

最近、何かと組自体が忙しくて進言出来なかったけど…松本先生ならおっしゃってくれるだろう。


そういえば、と思い出して次の一波(何人かの塊で受けに来ている)が来る前に松本先生に尋ねた。


『もう千鶴ちゃんには会いましたか?』

「あ、いやあそれがまだなんだ。」


──そう、松本良順先生は雪村綱道と親交のある人だった。さっき聞いた話によると、どうやら綱道はこの人に千鶴ちゃんを預けようとしたらしい。
でも千鶴ちゃんが京に来た時に入れ違いで江戸に立ってしまっていて…今に至るというわけだ。

そして、実はこの健康診断を口実に松本先生は千鶴ちゃんに会いに来ている。
ちなみに千鶴ちゃんはその事を知らない。


「さあ、再開しよう。」

『はい。』


次の一波は…幹部の方々だった。


「もう!どうかしてるわ!」

『あ…』


伊東…さん、は嫌がって出ていってしまった。


「(本当に、つくづくこの組に似合わない人だな…)」

『よし、次。』

「おう!俺の番だな!いっちょ頼んます先生!」


次は…新八さんだ。
新八は筋肉を見せた(見せつけた)。


……あの、ここ健康診断ですけど…。


新八さんが健康すぎて和気あいあいとしている様子を横目に見ながら、私はさっきから感じる視線の方に目をやった。


『(千鶴ちゃん…)』


私は内心、笑ってしまった。
千鶴ちゃんが分かりやすく驚いていたから。
そちらに気を使っていたら、どうやら順番が進んでいたようで。


「次。…む、薬が切れたか。獅子藤君、取ってきてくれないか?」

『えー松本先生。』

「なんだね?」


私は千鶴ちゃんの方へ若干目をやりながら言った。


『ついでに、そろそろ休憩を取りませんか?』


私の目線に釣られて松本先生もそちらを見る。


「ん…そう、だな。」


…言いたかった事は、直ぐに分かってもらえたようだ。


部屋の外へ出てすぐ、松本先生は千鶴ちゃんに声をかけた。


「…君、ちょっと薬の補充を手伝ってくれるかね?」

「あ…は、はい!」


こうして三人で歩き出した。



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